おんな城主 直虎 第14回「徳政令の行方」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第14回「徳政令の行方」 (ドラマ)
直虎(柴咲コウ)が徳政令の約束を破ったことに腹を立てた甚兵衛(山本學)ら百姓たちは、蜂前神社の禰宜(ダンカン)を通して、今川に徳政令の発布を直訴する。直虎の政策に家臣たちが異を唱える中、政次は徳政令の発布を命じる今川の書状を読み上げるが、直虎は驚くべき策でこれをはねのける。徳政令を無効にされた甚兵衛たちは、ついに最終手段に打って出る。

今川に徳政令を直訴した百姓たちはそれを妨害した直虎に反発し、逃散というボイコットの手段に出る。裏で手を引いているのが小野政次であることが明らかではあるものの、ここまで人心が離れては致し方ないと断腸の思いで今川に従うことを決める直虎だったが、そこにまさかの亀が登場し、直虎の前に立ちはだかると直虎は考えを改め、誰もいなくなった村で自ら農作業を行うところを見せつけて、百姓達の心を掴むことに成功する。

勿論、見せつけようと思って農作業をしたわけではないのだろうが、結果としてそうなっていたし、むしろ最初から計算をある程度していたという方が却って嫌らしさと茶番っぽさが薄れて良くなったのではないかと思うし、亀のシーンに於いても、どんな卑怯な手を使ってでもやり遂げてみせ、為政者としての地位も守ったとした方が直親との別れの場面に重なったのではないだろうか。

一方の鶴、敵対している風であっても政次は相変わらず直虎に想いを寄せているのに対して、でも直虎の方はベタに政次のことを嫌悪しているのがますます強調されて伝わり、政次としては無視されるよりは少なくとも自分のことを見てくれる直虎の敵である、獅子身中の虫という道をあえて選ぶ複雑な心情は分からないでもない。天真爛漫な直虎は柴咲コウの凛々しさと幼さが同居した魅惑的な表情と相俟って可愛らしさはあるものの、人間としての奥行きや深み、妙というものは政次の方に感じてしまい、自分が家臣だったらどちらについていきたいだろうかと考えさせられた。
                 
        

おんな城主 直虎 第13回「城主はつらいよ」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第13回「城主はつらいよ」 (ドラマ)
井伊家の領主として名乗りを上げた井伊直虎(柴咲コウ)。幼い虎松(寺田心)が元服するまでの間、後見として国を治めることを宣言するが、家臣たちは反発する。虎松の母・しの(貫地谷しほり)も直虎の勝手なふるまいを認めようとしない。ある日、領主が代替わりしたことを聞きつけた瀬戸村の百姓・甚兵衛(山本學)が直虎のもとを訪れ、借金の棒引きを意味する「徳政令」の発布を求める。

小野と今川に井伊家を渡すまいと城主になった直虎だったが、女であるということ、そして内政のやり方を全く知らないことで家臣たちの反発を買う。窮状を訴えた村民のために徳政令の発布を安請け合いしてしまうところなど、全く根回しや調整をせず独断で物事を決めてしまう直虎の姿は確かに問題があるように映るが、最終的には銭主である瀬戸方久を配下に抱え込んで借金をなんとかしてやろうという案を打ち出すなど、彼女ならではの独創的な手腕でもって組織の改革を行っていくところは、ありがちなサラリーマンドラマのようであった。やや痛快感に欠けるものの、まだ見られるのは、その痛快感が無く、直虎への疑問を視聴者と製作サイドが共有出来るような作りになっているからだろうか。

「女の腐ったようなネチネチ」というニュアンスのセリフを直虎という女性の口から吐かせているシーンがあっては少し驚かされたが、女であることを否定されている身でありながらあえて女を卑下してみせることで、直虎がもう完全に女性であることを捨てたという決意を表しているのかもしれない。実際の女性の視聴者には女を譬えに用いて組織やしきたりに縛りつけることしか出来ない人間の陰湿さやいやらしさを遠回しに批判している部分については支持されたとしても、女性であることを捨てるだけの覚悟が無ければ周囲に認めてもらうことは出来ないというハードルの高さについてはどうなんだろうと考えさせられた。憧れの対象やドラマとして観ている分についてそれこそ痛快で楽しめるというものなのかもしれないが。
                 
        

おんな城主 直虎 第12回「おんな城主直虎」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第12回「おんな城主直虎」
今川からの呼び出しに応じ、駿府へ向かった直親(三浦春馬)たち一行は、次郎法師(柴咲コウ)の必死の祈りもむなしく、道中の掛川城下で今川勢に取り囲まれる。しの(貫地谷しほり)は、こんな事態を引き起こしたのは次郎法師だと責めたてる。今川から嫡男・虎松の命も差し出すようにと命じられた井伊家。新野左馬助(苅谷俊介)は虎松の助命を願うため、駿府へ向かうが、引き換えに思いもよらぬことを仰せつかる。

直親、やっぱり死んでしまう。そして今川の手下となって帰ってきた政次には井伊家を渡せないとおとわは直虎を名乗り、城主になる。直親に対しては「どんな卑怯な手を使ってでも戻ってくるのじゃ」と言っておいて、政次が直親を裏切るという卑怯な手を使って戻ったらおとわは政次を恨むのだから、視聴者としては颯爽と登場して政次と睨み合う直虎が本当に人の上に立つ器なのか首を傾げてしまう。むしろ、直親に比べておとわに対しては誠実であったとすら云えるのにとことんそっぽを向かれた政次が愛憎相半ばするなかで直虎と対決する道を選ぶ気持ちのほうがよく分かる。

ただ、きっかけはどうであれ機会を逃さずに城主に納まってみせた直親の運と才気は松平元康の姿と重ねられているようでもあり、他者とは持っているものが違うということが示唆されていた。その持っているものがどう違うのかが視聴者にはいまひとつよくわからないのは残念なのだが。
                 
        

おんな城主 直虎 第11回「さらば愛しき人よ」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第11回「さらば愛しき人よ」 (ドラマ)
瀬名(菜々緒)を救おうと取りすがる次郎法師(柴咲コウ)の元に、松平元康(阿部サダヲ)からの使者が到着する。桶狭間での大敗以降、衰退の一途をたどる今川家の跡を継いだ氏真(尾上松也)と寿桂尼(浅丘ルリ子)は、離反者の粛清に躍起になっていた。ある日次郎法師のもとに、元康からの御礼の品が届く。直親は今川家と手を切り、元康と手を組むことを決意する。ついに元康との密会を果たす直親だったが…

今川と手を切って松平と手を結ぶことを決めた直親だったが、今川の策略に引っかかってしまう。終いには絆を確認し合った政次にまで裏切られてしまい、絶対絶命のピンチを迎える。直親の最期の時をを迎え、次郎と直親はやはり好き合っていたことを確認したメロドラマ的な構成になっており、政次の裏切りがそれに呼応するかのように含みを持ちながら繋げられているのが面白い。

直親も可哀そうではあるとはいえ、次郎と同様に独り身を貫きながらどんなに次郎法師を想っていても次郎法師の方は直親のことしか見ていないことに対する政次の絶望感が如何に重いものであったか、今川に問い詰められてあっさり裏切ったシーンに良く表れていたように思う。あるいは、どうして次郎法師が政次という人間に振り向かなかったかということに対する回答としての彼の人間性に対する批判であったのかもしれないが。

その他、夫の元康が飛躍を遂げても、今川の出ということで疎まれて肩身が狭くなっていく瀬名の姿が描かれている。家であり配偶者の男性にそれこそ主人として自身の人生を委ねるしかない女性の生き方の悲哀が演出されていたものの、一方では対照的に独り身でいる次郎法師の生き方もありなのではないかと思わせ、視聴者に多様な生き方への肯定という励ましのメッセージが発せられているようであった。
                 
        

おんな城主 直虎 第10回「走れ竜宮小僧」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第10回「走れ竜宮小僧」
奥山朝利(でんでん)をもみ合いのすえ刺殺してしまった政次(高橋一生)が次郎法師(柴咲コウ)のもとを訪れる。次郎法師は手負いの政次を寺でかくまうことにする。父を討たれたしの(貫地谷しほり)は悲嘆にくれるが、小野家に嫁いでいた妹のなつ(山口紗弥加)の口から意外な事件の真相が語られていく。一方、松平元康(阿部サダヲ)は今川家に反旗を翻すが、駿府に残された妻の瀬名(菜々緒)は窮地に立たされてしまう。

奥山殿を殺してしまった政次のために奔走する次郎法師。惚れた女にそこまでされたら次郎法師と井伊家のために純情な政次が直親と絆を確認しながらもあっさりと裏切ってしまうのも分かるような気がすると思わせた回。実際、政次がどう変わっていくのかは分からないが、チャンスをものにした阿部サダヲ演じる松平元康が徐々に風格を漂わせていくように人は立場に応じて大きく変わっていくのだろう。氏政は情けなくなってしまったが、それも含めて、その人に応じた地位を与えてやりなさいという教訓じみたエピソードにもなっている。

しかし、今後の政次を考えると、奥山殿を殺してしまった経緯についてもどこまで本当か分かったものではなく、疑心暗鬼じみたものを視聴者は感じてしまい、そしてそれが政次であり、小野家の受難というものをうまく演出されてもいるように思った。
                 
        

おんな城主 直虎 第9回「桶狭間に死す」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第9回「桶狭間に死す」
今川義元(春風亭昇太)に従い、尾張の織田攻めへと向かった直盛(杉本哲太)。父の無事を祈る次郎法師(柴咲コウ)の元に思わぬ悲報がとびこむ。桶狭間で今川軍が大敗し、直盛も討ち取られたというのだ。負傷兵たちの手当てに次郎法師が奮闘する中、供をしていた奥山孫一郎(平山祐介)から直盛の最期の様子が語られる。一方、松平元康(阿部サダヲ)は空になった古巣の岡崎城に入城し、ついに今川家からの独立を果たす。

桶狭間の描写はあっさり。真田丸の時の関ヶ原を彷彿とさせるが、桶狭間後の家中のドラマをメインに描くという構成は悪くない。桶狭間で生じた混乱に乗じて機を見るに敏であった松平元康と狼狽するしか無い今川氏真、そして後継問題で各々が抱く思惑が渦巻き、まとまりを欠いていく井伊家の姿が対照的に演出されていた。

井伊家の男たちの頼りなさは次郎法師をトップに据えるための伏線のようでもあり、現代社会の風刺のようでもあったが、ここまでのドラマを見ると柴咲コウがそれほど優れた人物とも思えず、彼女へのお膳立てのためによほど男たちを無能に描かなくては、という鬼気迫るものが伝わってきてしまうのが皮肉でもある。
                 
        

おんな城主 直虎 第8回「赤ちゃんはまだか」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第8回「赤ちゃんはまだか」
直親(三浦春馬)と夫婦になって4年、しの(貫地谷しほり)はいまだ懐妊の兆しがないことを気に病んでいた。その様子を見かねた次郎法師(柴咲コウ)は、政次(高橋一生)に子を授かるための妙薬を買い求めてくるよう願い出る。その頃駿府では、今川義元(春風亭昇太)が家督を息子の氏真(尾上松也)に譲り、尾張の織田攻めに向けて着々と準備を進めていた。直親はこの戦で初陣を飾りたいと直盛(杉本哲太)に参陣を申し出る。

いつまでも子どもが出来ないことを思い詰めていた直親の正室であるしのを見かねて次郎法師が子作りに効く妙薬としてジャコウを買ってくるが、しのはかつて直親と結婚の約束をした次郎法師が自分の不幸を願っているのだという被害妄想に取り憑かれてヒステリーを起こす。

しのと対照的な存在として次郎法師の姿を映すことで、時代物である大河ドラマのリアリティを維持しつつ現代の視聴者に対して結婚や子どもだけが女性の幸せではないというメッセージが企図された構図になっているのかもしれないが、悲しいかな次郎法師(柴咲コウ)が絡むと途端にドラマが白々しくなり、結局女性の幸せは結婚と出産を勝ち取ることにしかないと結ばれてしまっている。ただ、それを含めて肩身が狭い次郎法師の姿が現代の視聴者の共感を誘うところはあるだろうし、しのの姿にだって妊活に励む人やパートナーの浮気に悩まされる人が己の姿を重ねられるものになっているのかもしれない。
                 
        

おんな城主 直虎 第7回「検地がやってきた」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第7回「検地がやってきた」
井伊家存続のため直親(三浦春馬)とのつらい別れを選んだ次郎法師(柴咲コウ)。政次(高橋一生)は今川館に出向き、直親の帰参と家督相続を認めてもらおうとする。これに対して今川義元(春風亭昇太)の出した交換条件は、井伊谷での大規模な「検地」の実施だった。井伊直平(前田吟)は自分の治める川名の隠し里に今川の検地の手が及ぶことを恐れ、怒りをあらわにする。

今川の検地に対して、直親は自分が如何に誠実で政次を信頼しているかをアピールし、政次の協力を得て隠し里の存在を今川に明かさないようにするが、いざ今川に隠し里の存在がバレると直親が馬脚を表し、政次に罪をなすりつけようとするところで、直親も所詮は人であることと、同時に今川の犬と罵られながらも井伊家を支える立場にある政次の、そして小野家の苦労が視聴者にも分かりやすく伝わってきた。しかも、初恋の女である次郎法師も井伊家のためと言いながらずっとこの直親のことを気にしているのだから、政次としては腸煮えくり返る思いであったことは想像に難くない。また、直親の鈍感な部分を強調してみせた比喩的な表現として、自分が次郎法師と仲良くしていることを妻が良く思っていなくても気にも留めないというものがあり、このあたりが人の上に立つ者として致命的である、とこの作品としてはしたいのかもしれない。今後、直親が足元をすくわれていくことの布石でもあろう。
                 
        

おんな城主 直虎 第6回「初恋の別れ道」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第6回「初恋の別れ道」
井伊谷への帰還を果たした亀之丞は、元服して井伊直親(三浦春馬)と名を改める。直親は次郎法師(柴咲コウ)を還俗させて、自分の妻に迎えたいと願い出るが、政次(高橋一生)はまず今川家に直親の帰還を許してもらうことが先決だとしてこれに反対する。実は次郎法師の出家は、今川による井伊の本領安堵の条件になっていたのだ。それでも夫婦になることを諦めきれない直親は次郎法師にある提案を持ちかける。

直親となった亀は次郎法師を還俗させて自分の嫁にしようとするが、今川による本領安堵の条件が次郎法師の出家だと知ると今度は次郎法師を死んだことにして自分の女になれと迫る。イケメンで人当たりも良く実直な性格と一見非の打ち所がない好青年も女のことになると途端にみっともない執着心や男女観を何の疑問も抱かないまま露わにしていくところが風刺的に描写されており、また今川という強大な壁が立ちはだかると姑息な手段を用いることしか出来ない世の中の不条理さもリアリティがある。ただ、結局家のために次郎法師は直親を振ることになるとはいえ、それをしっかりと受け入れた直親の器はやはり大きいか。

一方、腹に一物抱えてそうなのは政次(鶴)の方で、コンプレックスと次郎法師への想いは相当に強く、自分の手に入らないなら次郎法師を誰にも抱かせずいっそ女として黴びさせてしまいたいという鶴の考えが、家のために女を捨てて黴びることを決心した次郎法師の姿とオーバーラップさせているところがホラーのようでもあった。

女が男のように何か大きなことを成そうと思ったら、女であることを捨てる覚悟がなければならないというのは現代でも通じるテーマであろうし、そしてその背景には自分の下につかないなら女であることを許さないという男の側からの妨害もあるのだろう。
                 
        

おんな城主 直虎 第5回「亀之丞帰る」 (ドラマ)

                 
亀之丞帰る
天文23年(1554)春。成長した次郎法師(柴咲コウ)は僧としての修行を積みながら、行方知れずの亀之丞(三浦春馬)の帰りを待つ日々を過ごしていた。駿府では今川義元(春風亭昇太)が武田・北条との縁戚関係を背景にいっそう権勢をふるい、いよいよ三河平定へと乗り出そうとしていた。この今川家の威光を笠に井伊家中での実力をさらに強めた小野政直(吹越満)だったが、突然の病に倒れる。

やっとこさやってきた柴咲コウ編の直虎だが、ノリは少女おとわの時と変わらず。鶴の想いをスルーし続けて亀之丞の帰りを心待ちにしながら成長したおとわこと次郎法師のもとにとうとう亀之丞が帰ってくる。当初は、亀之丞が彼の父親のようなむさいおっさんになっていたらどうしようかと不安に怯え、自分が良い男を求めているという煩悩に苛まされるが、実際に目の前に現れた男が三浦春馬のルックスでほっと胸を撫で下ろしたといったところだろうか。このへんは等身大の女性の思いや、結婚相手を自分で決められない昔の女性の悩みをうまく比喩を用いて表現されていたように思う。

一方で、醜男とか冴えない男ぐらいに設定してくれた方が個人的にはリアルに感じるし、女性だけではなく幅広い視聴者の心を掴めそうなドラマを構築出来そうでもあったが。
                 
        

おんな城主 直虎 第4回「女子にこそあれ次郎法師」 (ドラマ)

                 
女子にこそあれ次郎法師
井伊家の本領安堵の条件としておとわ(新井美羽)は正式に出家することになり、「次郎法師」という名を与えられる。「次郎」とは井伊家の家督を継ぐ男子の名であった。翌日から兄弟子である昊天(小松和重)と傑山(市原隼人)による厳しい修行が始まる。一方、今川の目付となった小野政直(吹越満)は井伊家中における発言権をますます高めていた。そんなある日、政直の命を狙う北条の手の者が井伊谷にやってくる。

井伊家存続のために出家をするおとわだったが、過酷な修行生活に耐えきれず逃げ出してしまう。出家をしてから出家をすると亀と夫婦になれないことを知るなど、思い描いていた世界と大きくかけ離れた現実に何度も挫けるが、最後には竜宮小僧となる覚悟を決め、人々く善行を進んでこなすことに挑むと物事が好転していく。今回も子どもを主人公にした子ども向けを意識した展開で、クレヨンしんちゃんのような大げさなリアクションなどを用いた分かりやすいコメディ仕立てになっている。

何も知らない子どものうちに将来のことを決めても実際にそれが本当に自分が望んだ道かなんて分からないし、それはおとわが宣言した女を捨てるということについてもどうやら同様であるらしいが、亀のことが好きであるという気持ちについては変わりはないらしい。それが、亀との距離が離れていて亀という存在へのリアリティを失くしたままでいるかどうかは分からないが、いずれにせよ、おとわが成長して柴咲コウになっても女としての己の部分と男としての社会的立場との葛藤がありそうだ。作品としてもそこを肉付けしていって物語としての厚みやリアリティ、そして哲学性などを演出していくつもりなのだろう。

第1話を見た時に期待したものとはまるで違う、ありがちな女性向けドラマになってしまいそうな点については残念でならない。ヒールの父親に反発できる気骨のあるところを見せる一方で、おとわへの気持ちをひた隠しにしておとわと亀の仲を応援し続ける鶴の方が、おとわよりも遥かに主人公として相応しい奥行きや文学性を生んでいたように映ったのは果たして筆者が単に男性だからというだけであろうか。
                 
        

おんな城主 直虎 第3回「おとわ危機一髪」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第3回「おとわ危機一髪」
鶴丸(小林颯)と夫婦になることを拒み、出家をしようとしたおとわ(新井美羽)の捨て身の策は、主家である今川義元(春風亭昇太)の怒りを買うことになる。義元は忠義の証として、おとわを人質に差し出すよう直盛(杉本哲太)に命じる。井伊家存続のため苦渋の選択を強いられる直盛に南渓和尚(小林薫)は、今川の怒りをしずめ、おとわの出家を認めさせて人質を免れることを約束し、おとわとともに駿府の今川館へ向かう。

今回も少女おとわ編。鶴丸との結婚を拒み、出家しようとするおとわ。しかし、その行為が今川の怒りに触れ、おとわは今川の人質となってしまう。そこでおとわを通して我々視聴者は今川家の人間を通して知ることになるのだが、あくまでおとわに合わせた子ども目線。龍王丸(氏真)との蹴鞠勝負で勝つまでやり続けるという無茶苦茶なやり方でおとわが勝利をもぎ取って今川の人質から解放されるところなどは後々への伏線にもなっているんだろうが、どうにも子ども騙しなものに映り、子どもに本気で振り回される大人たちの姿がこの作品の世界までをもちゃちなものにしてしまっていた。

これ、おとわが柴咲コウに成長した後も、この子どもを強く意識したファミリー向けの分かりやすい力押しのノリが続くのだろうか。
                 
        

おんな城主 直虎 第2回「崖っぷちの姫」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎
今川の追手に命を狙われる亀之丞(藤本哉汰)を逃がすため、おとわ(新井美羽)はある秘策を思いつく。おとわの命がけの策が功を奏し、亀之丞は無事信州へと落ち延びる。井伊直満(宇梶剛士)が謀反の疑いで殺されたことにより、以前から直満と対立していた小野政直(吹越満)が今川家の目付として井伊家中の実権を握ろうとする。政直はさらに息子の鶴丸(小林颯)とおとわを夫婦にし、井伊家の家督を継がせようと画策するが…

今回も少女編。夏休みに上映されるベタなファミリー向け邦画のような展開に、ありがちなフェミドラマとは違うんじゃないかと期待させられた第1話の時に抱いた期待を見事に打ち砕かれてしまった。綺麗なベベ来た権力側の大人たちを悪く描いて、浮浪者のような出で立ちの流れ者の男を善人に描くところなどは最たるもので、本来であれば、亀の元に向かうために家出したおとわは売られていたか強姦されていたのだろうし、そのメタファーのような演出がなかったわけでもないが、毒のない陳腐な内容にはがっかりさせられる。

悪役を演じる吹越満がこれまたベタではあったものの、その息子の鶴が父親の悪巧みのおかげで亀を追いやって自分が想いを寄せているおとわと夫婦になれるチャンスを掴んだのに、中途半端に善人ぶろうとして、結局おとわに振られてしまうシーンはなかなかの切なさがあった。鶴の気持ちに気づかずに、父親は父親、鶴は鶴と云って励ますおとわからも無邪気なだけに余計に突き刺さるものが放たれている。しかし、個人は個人といってのけるおとわが将来家のために女を捨てると考ると感慨深く、そういう考えであるからこそ、本当に大切なものを犠牲にして無私で組織のために貢献できたというメッセージに繋がるのかもしれない。
                 
        

おんな城主 直虎 第1回「井伊谷の少女」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第1回「井伊谷の少女」
のちに井伊直虎(柴咲コウ)と名乗って戦国の世を生き抜くことになる少女・おとわ(新井美羽)は、井伊家当主の父・直盛(杉本哲太)と母・千賀(財前直見)のもと幸せな日々を過ごしていた。ある日、おとわに亀之丞(藤本哉汰)との縁談話が舞い込む。当主の座を継ぐつもりだったおとわは最初戸惑うが、やがて当主の妻として井伊家を支えていこうと心に決める。そんな折、亀之丞の父・直満(宇梶剛士)に謀反の疑いがかけられる。

大河ドラマではお約束、主人公の幼少時代からスタート。幼い頃から既に女の身でありながら男として井伊家の当主になるつもり満々で張り切っていた少女・おとわであったが、そこに縁談話が舞い込むとショックを受けてしまう。しかし、そこは女の強さの、もしくはドライな部分のアピールか、すぐに切り替えてみせ、今度は妻として家を盛り立てていくことを決心する。女としてではなく、あくまで男として男の世界に乗り込もうとする様が、ありがちなフェミドラマとは少し違う、子どもの浅はかな夢と重ねられながらも硬質なフェミニズムを貫いており、女の世界の嫌らしさを切り捨てられる孤高さや逞しさを期待させる爽やかさが演出されていたように思う。

そこを中和してフォローするかのように挿入される男2人に想いを寄せられていく三角関係のラブコメチックな展開も含めて、肉付けをしていくドラマに奥行きがなく、練り込みの甘いものであったのは残念であったものの、少女1人と少年2人を中心にした子どもたちが必死に背伸びをしてみせながら向き合っていく大人(男)の世界という視点は、子どもだけでなく大人に対しても皮肉的な滑稽さを齎していて、なかなか興味深かった。
                 
    
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