おんな城主 直虎 第23回「盗賊は二度 仏を盗む」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第23回「盗賊は二度 仏を盗む」 (ドラマ)
龍雲丸(柳楽優弥)たちとの宴(うたげ)の翌朝、直虎(柴咲コウ)のもとに政次(高橋一生)と近藤康用(橋本じゅん)がやって来る。近藤の菩提寺から本尊が盗まれたというのだ。龍雲丸たちを犯人と疑う近藤は、直虎に身柄を引き渡すよう要求する。直虎は直之(矢本悠馬)に命じ、龍雲丸たちを逃がそうと画策する。一方、南渓(小林薫)はこの件について近藤と手打ちをするため、代わりの本尊を寄進しようと直虎に持ちかけるが…

直虎が龍雲丸への想いを強く意識し、私の感情と井伊家領主としての立場に板挟みになるような形で苦しむものの、それでも周囲の家臣に龍雲丸達のことを認めてもらえたので晴れて自分の正式な配下にならないかとプロポーズするところまで漕ぎ着ける。ところが、龍雲丸にはあっさりと断られてしまう。この過程を含め、全体的になかなかとんちの効いたエピソードになっているし、直虎が男だったらこんなにも悩まないだろうということで周囲からの女性の性のありように対する厳しい視線を今回も意識させてくれるのだが、一方では大河ドラマとしてこんな話を延々と繰り返していていいものなのかという気も。
                 
        

おんな城主 直虎 第22回「虎と龍」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第22回「虎と龍」 (ドラマ)
直虎(柴咲コウ)は材木の商いを始めるため、龍雲丸(柳楽優弥)率いる気賀の一団を井伊谷に受け入れることを決める。家臣の直之(矢本悠馬)は龍雲丸がかつて井伊領内の木を盗んだり、直虎をさらって身代金を要求したことを指摘し猛反対するが、直虎は井伊家の将来のために彼らの専門技術が必要だと主張する。しかし数日後、直虎の期待は裏切られる。

義賊を自負する山賊団を自分たちの配下に加えることを決めるが、早速ならず者たちによるトラブルが次々に起こり、直虎の頭を悩ませる。結局、山賊団はそれほど悪くなく、実は村人の勘違いと偏見が引き起こしたトラブルだったというやや強引なオチで締めているわけだが、示唆的だったのはその流れよりも直虎が頭の龍雲丸に振れた時に自分の中の女性を意識してしまい、煩悩に支配されそうになるところで、山賊団が村に持ち込んだ賭博を直虎が禁止した時に「禁止しても闇にこもるだけ」という盗山団側の言い分が、風刺であると同時に、直虎の姿を通して女性の性の有り様にも掛かっているところだろうか。
                 
        

おんな城主 直虎 第21回「ぬしの名は」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第21回「ぬしの名は」 (ドラマ)
井伊領内で生産した綿布の商い先として、浜名湖岸の町・気賀(きが)を選んだ直虎(柴咲コウ)。気賀の商人・中村与太夫(本田博太郎)との商談を終え市場に立ち寄った直虎は、店先に並ぶ異国の珍品に目を見張るが、その隙に銭入れを盗まれてしまう。その犯人を町はずれまで追いつめる直虎だったが、逆に捕らわれの身となってしまう。地下牢に閉じ込められた直虎のもとに現れたのは盗賊団のかしら(柳楽優弥)とその一味だった。

金を盗まれ、犯人を追いかけたら捕まってしまう直虎。自分だけの金じゃなく井伊の民の金であるからそこまでするという直虎の姿勢をちゃっかりアピールしつつも、領主としての自覚のなさも露呈し、挙句には義賊を自負する盗賊団のイケメンのお頭と恋の予感という少女漫画みたいな展開に突入しそうというのだから、もうどうしようもないというか、見ていてこんなのを領主として支えていかなければならない周りの男達に同情してしまう。直虎に好意を寄せる役回りを押し付けられている中野と政次については特に。

とはいえ、男と女が逆の立場なら側室に迎える展開に違和感がないと考えれば、制作側が仕掛けたリトマス紙のようなものになっている可能性もあるが。
                 
        

おんな城主 直虎 第20回「第三の女」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第20回「第三の女」 (ドラマ)
亡き直親(三浦春馬)の娘と名乗って井伊谷にやってきた少女・高瀬(髙橋ひかる)。元許婚である直親の隠し子発覚にショックを隠しきれない直虎(柴咲コウ)だが、井伊家の当主として、その真偽がわかるまで高瀬を屋敷で預かることを決める。噂を聞きつけた直親の元妻・しの(貫地谷しほり)は高瀬のもとに乗り込むが、その対応は意外なものだった。

直親の娘と名乗る高瀬という女が直虎達の前に現れる。武田の間者ではと当初は疑うものの、様々な状況証拠からやはり本物の娘ではないかとなり、直虎としのは直親が他の男と同じでやることはやっていたということに憤りを感じるが、最終的にはそれも含めて高瀬の存在を受け入れる。これもまた女の独り身という男に泣かされない人生への肯定のようでもあった。

しかし、しのはともかく、直虎については既に他人であるしのが産んだ子どもの虎松を育てることに奮闘しているわけで、しのに合わせてそこまでショックを受けなくてもいいのではないかとも考えたが、ドラマの脚本としてはこのショックをしのと直虎が共有することでこれから二人の仲間意識がより深まっていくのだろう。
                 
        

おんな城主 直虎 第19回「罪と罰」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第19回「罪と罰」 (ドラマ)
近隣の領主である近藤康用(橋本じゅん)が直虎(柴咲コウ)のもとを訪れ、領内の山の木々を井伊の者に盗まれたと訴え出る。直虎は疑いを晴らすため、盗伐のあった現場に向かう。荒らされた現場を検証していく直虎たちは、近藤領内だけでなく井伊領内の木々も盗まれてしまっていることに気づく。見張りをつけて山狩りをする直虎はついに犯人を捕らえる。しかしそれは以前、直虎に人集めの知恵を授けた旅の男(柳楽優弥)だった。

知り合いが盗人として捕まったのを何とかして助けようと直虎だったが、領主としてきちんと罰するよう諌言を受けることとなる。直虎の甘さとそれを肯定するかのような都合の良さが目立つ茶番劇は相変わらず気になるものの、このことが伏線となって、後に政次を処罰するシーンへと繋がるのだろう。

しかし、まだ先の展開は分からないとはいえ、素性の知らない男の命は助けておいて、自分のことを誰よりも想ってくれている政次の命については冷徹な判断のもとで奪うことになるかもしれないのだから、このドラマの主人公の魅力を理解するのは僕にとってかなりのハードルの高さである。政次からしてみれば、他の人とは直虎の対応が違うというだけでたまらないと考えているのかもれず、そうであるなら政次もなかなかいい性癖をしているものだが。
                 
        

おんな城主 直虎 第18回「あるいは裏切りという名の鶴」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第18回「あるいは裏切りという名の鶴」 (ドラマ)
直虎(柴咲コウ)が秘(ひそ)かに作らせていた「種子島」を奪った政次(高橋一生)は、今川への謀反の疑いを直虎にかけ、虎松(寺田心)の後見を降りるようせまる。観念した直虎は後見を譲ることを約束し、政次とともに駿府へ向かうが、銭の匂いを嗅ぎつけた方久(ムロツヨシ)は駿府の今川館へ先回り。今川氏真(尾上松也)に「種子島」を売りつけることに成功する。

政次、自分が矢面に立つことで井伊家と直虎を守れると考え、あえてヒールに徹していたことが明らかにされる。

本当かよと突っ込みたくなるが、政次の直虎への想いについては本物であることを視聴者の我々は知っており、政次があえてそうしているのも、直虎に自分のことを見てもらう方法がそれしかないからではないかと考えるとなかなか切ないくもあるし、政次の真意と思われるものを察してようやく優しくなる直虎の無神経さを見ると、むしろ男の方こそ女と一緒にならない生き方を肯定的に捉えた方がいいのではないかと思えてくる。

それにしても己の性欲に抗えない男という生き物の虚しさよ。
                 
        

おんな城主 直虎 第17回「消された種子島」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第17回「消された種子島」 (ドラマ)
中野直之(矢本悠馬)は「種子島」を取り寄せ、直虎(柴咲コウ)の前で実演してみせる。その威力に驚いた直虎はこの「種子島」を鍛冶の村・井平で生産しようと考える。その頃、龍潭寺で手習いを始めていた虎松(寺田心)は家臣の息子たちと五目並べに興じていた。周りの子供たちが気を遣って手加減しているのを知った直虎は激怒する。周りが手加減をしなくなり、負け続けの虎松はショックで寺に来なくなってしまう。

虎松を厳しく鍛えようとする直虎に反発したしのが「自分でお腹を痛めて跡継ぎを産めば良い」と直虎に罵言を浴びせると、それに対して言い返せないまま直虎は引き下がることなってしまう。引き下がった後に後を継ぐのは直親の子でなければならぬとし、相変わらずの都合の良さを纏いながら話が進められるが、実の母親であるしのの気持ちや立場といったものに視聴者の共感を誘いながらも、一方で教育とはそういうものではなく公の側面が存在するとしっかり締められていたのは見事であった。

ただ、そこまでやるならそもそも直親の血にこだわる必要があるのか、能力のある人物であるならば誰が後を継いでも良いのではないかと直虎が自問するシーンを少しでいいから挟んで欲しかったところである。
                 
        

おんな城主 直虎 第16回「綿毛の案」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第16回「綿毛の案」 (ドラマ)
駿府から無事帰還した直虎(柴咲コウ)。瀬戸方久(ムロツヨシ)は井伊家の財政を立て直すための新たな産業として「木綿」の栽培を持ちかける。乗り気になった直虎は瀬戸村の百姓・甚兵衛(山本學)に相談するが、井伊領内は深刻な人手不足であり、木綿作りを担う人材がいないことがわかる。人手を探して村々をまわる直虎だったが、ある日水浴びをする若い男(柳楽優弥)と運命的な出会いを果たす。

農村の人手不足を解消するために直虎は他家から人を借りようとするがなかなかうまくいかない。とうとうお金で買うという実際にあったであろう人身売買を仄めかしながらも、最終的には井伊に対しての魅惑的な噂を流して人を集めることに成功する。

人を増やすことの難しさに女である直親が頭を悩ませながら、あくまで外から人を集めることに執着する様がどこか産めない己に対してのコンプレックスを感じさせ、視聴者としては色々な思いを巡らせながら見ることが出来た。このエピソードには、雇用の流動性を高めることや移民受け入れの必要性という現代社会へのメッセージも読み取れ、男性側への覚悟も問うているようである。しかし、単純労働に従事する人間を徒に増やしても新たな事業がうまく立ち行かなくなった時の労働力の調整が大変だろうとも思うが、そのリスクを取ってチャレンジすることがいつの時代でも社会の発展のためには必要であるということなのかもしれない。
                 
        

おんな城主 直虎 第15回「おんな城主対おんな大名」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第15回「おんな城主対おんな大名」 (ドラマ)
直虎(柴咲コウ)が今川の下知に背いて徳政令をはねのけたことに怒った寿桂尼(浅丘ルリ子)は、政次(高橋一生)を呼びつけ、直虎に駿府へ申し開きにくるよう命じる。以前同じように駿府へ呼び出され、道中で惨殺された直親(三浦春馬)の記憶がよみがえる家臣一同。政次は直虎に虎松(寺田心)の後見を降りるよう勧めるが、直虎はそれを拒み駿府へ向かうことを決意する。

今川への道中、命を狙われ続けていくうちにとうとう心が折れてしまい、女がトップに立つことの限界を感じて政次に後見を譲ることを決めた直虎だったが、結局は寿桂尼に謁見をして自分が後見であることを認めさせる。窮地に陥る度に強引に都合の良い展開へと持っていき、相変わらず茶番ぽさが気になるものの、寿桂尼が直虎という人物を公平無私の視点で人の上に立つほどの人物であると評価してみせるシーンは同じ女だからこそ可能であり、説得力が存在していたともいえ、なかなか良かったと思う。視聴者には直虎が本当にそれだけの器であるのかというのが、やはりいまいちピンと来ない点は惜しいのだけれども。

寿桂尼との謁見を果たすため直虎は男に扮装する必要があったという話の持っていきかたも示唆的で面白い。また、政次の非情に徹しきれずに直虎や井伊家への想いに囚われる様も人間味が溢れていた。ただ、この甘さが政次を上に立たせることを許さないのであろう。
                 
        

おんな城主 直虎 第14回「徳政令の行方」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第14回「徳政令の行方」 (ドラマ)
直虎(柴咲コウ)が徳政令の約束を破ったことに腹を立てた甚兵衛(山本學)ら百姓たちは、蜂前神社の禰宜(ダンカン)を通して、今川に徳政令の発布を直訴する。直虎の政策に家臣たちが異を唱える中、政次は徳政令の発布を命じる今川の書状を読み上げるが、直虎は驚くべき策でこれをはねのける。徳政令を無効にされた甚兵衛たちは、ついに最終手段に打って出る。

今川に徳政令を直訴した百姓たちはそれを妨害した直虎に反発し、逃散というボイコットの手段に出る。裏で手を引いているのが小野政次であることが明らかではあるものの、ここまで人心が離れては致し方ないと断腸の思いで今川に従うことを決める直虎だったが、そこにまさかの亀が登場し、直虎の前に立ちはだかると直虎は考えを改め、誰もいなくなった村で自ら農作業を行うところを見せつけて、百姓達の心を掴むことに成功する。

勿論、見せつけようと思って農作業をしたわけではないのだろうが、結果としてそうなっていたし、むしろ最初から計算をある程度していたという方が却って嫌らしさと茶番っぽさが薄れて良くなったのではないかと思うし、亀のシーンに於いても、どんな卑怯な手を使ってでもやり遂げてみせ、為政者としての地位も守ったとした方が直親との別れの場面に重なったのではないだろうか。

一方の鶴、敵対している風であっても政次は相変わらず直虎に想いを寄せているのに対して、でも直虎の方はベタに政次のことを嫌悪しているのがますます強調されて伝わり、政次としては無視されるよりは少なくとも自分のことを見てくれる直虎の敵である、獅子身中の虫という道をあえて選ぶ複雑な心情は分からないでもない。天真爛漫な直虎は柴咲コウの凛々しさと幼さが同居した魅惑的な表情と相俟って可愛らしさはあるものの、人間としての奥行きや深み、妙というものは政次の方に感じてしまい、自分が家臣だったらどちらについていきたいだろうかと考えさせられた。
                 
        

おんな城主 直虎 第13回「城主はつらいよ」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第13回「城主はつらいよ」 (ドラマ)
井伊家の領主として名乗りを上げた井伊直虎(柴咲コウ)。幼い虎松(寺田心)が元服するまでの間、後見として国を治めることを宣言するが、家臣たちは反発する。虎松の母・しの(貫地谷しほり)も直虎の勝手なふるまいを認めようとしない。ある日、領主が代替わりしたことを聞きつけた瀬戸村の百姓・甚兵衛(山本學)が直虎のもとを訪れ、借金の棒引きを意味する「徳政令」の発布を求める。

小野と今川に井伊家を渡すまいと城主になった直虎だったが、女であるということ、そして内政のやり方を全く知らないことで家臣たちの反発を買う。窮状を訴えた村民のために徳政令の発布を安請け合いしてしまうところなど、全く根回しや調整をせず独断で物事を決めてしまう直虎の姿は確かに問題があるように映るが、最終的には銭主である瀬戸方久を配下に抱え込んで借金をなんとかしてやろうという案を打ち出すなど、彼女ならではの独創的な手腕でもって組織の改革を行っていくところは、ありがちなサラリーマンドラマのようであった。やや痛快感に欠けるものの、まだ見られるのは、その痛快感が無く、直虎への疑問を視聴者と製作サイドが共有出来るような作りになっているからだろうか。

「女の腐ったようなネチネチ」というニュアンスのセリフを直虎という女性の口から吐かせているシーンがあっては少し驚かされたが、女であることを否定されている身でありながらあえて女を卑下してみせることで、直虎がもう完全に女性であることを捨てたという決意を表しているのかもしれない。実際の女性の視聴者には女を譬えに用いて組織やしきたりに縛りつけることしか出来ない人間の陰湿さやいやらしさを遠回しに批判している部分については支持されたとしても、女性であることを捨てるだけの覚悟が無ければ周囲に認めてもらうことは出来ないというハードルの高さについてはどうなんだろうと考えさせられた。憧れの対象やドラマとして観ている分についてそれこそ痛快で楽しめるというものなのかもしれないが。
                 
        

おんな城主 直虎 第12回「おんな城主直虎」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第12回「おんな城主直虎」
今川からの呼び出しに応じ、駿府へ向かった直親(三浦春馬)たち一行は、次郎法師(柴咲コウ)の必死の祈りもむなしく、道中の掛川城下で今川勢に取り囲まれる。しの(貫地谷しほり)は、こんな事態を引き起こしたのは次郎法師だと責めたてる。今川から嫡男・虎松の命も差し出すようにと命じられた井伊家。新野左馬助(苅谷俊介)は虎松の助命を願うため、駿府へ向かうが、引き換えに思いもよらぬことを仰せつかる。

直親、やっぱり死んでしまう。そして今川の手下となって帰ってきた政次には井伊家を渡せないとおとわは直虎を名乗り、城主になる。直親に対しては「どんな卑怯な手を使ってでも戻ってくるのじゃ」と言っておいて、政次が直親を裏切るという卑怯な手を使って戻ったらおとわは政次を恨むのだから、視聴者としては颯爽と登場して政次と睨み合う直虎が本当に人の上に立つ器なのか首を傾げてしまう。むしろ、直親に比べておとわに対しては誠実であったとすら云えるのにとことんそっぽを向かれた政次が愛憎相半ばするなかで直虎と対決する道を選ぶ気持ちのほうがよく分かる。

ただ、きっかけはどうであれ機会を逃さずに城主に納まってみせた直親の運と才気は松平元康の姿と重ねられているようでもあり、他者とは持っているものが違うということが示唆されていた。その持っているものがどう違うのかが視聴者にはいまひとつよくわからないのは残念なのだが。
                 
        

おんな城主 直虎 第11回「さらば愛しき人よ」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第11回「さらば愛しき人よ」 (ドラマ)
瀬名(菜々緒)を救おうと取りすがる次郎法師(柴咲コウ)の元に、松平元康(阿部サダヲ)からの使者が到着する。桶狭間での大敗以降、衰退の一途をたどる今川家の跡を継いだ氏真(尾上松也)と寿桂尼(浅丘ルリ子)は、離反者の粛清に躍起になっていた。ある日次郎法師のもとに、元康からの御礼の品が届く。直親は今川家と手を切り、元康と手を組むことを決意する。ついに元康との密会を果たす直親だったが…

今川と手を切って松平と手を結ぶことを決めた直親だったが、今川の策略に引っかかってしまう。終いには絆を確認し合った政次にまで裏切られてしまい、絶対絶命のピンチを迎える。直親の最期の時をを迎え、次郎と直親はやはり好き合っていたことを確認したメロドラマ的な構成になっており、政次の裏切りがそれに呼応するかのように含みを持ちながら繋げられているのが面白い。

直親も可哀そうではあるとはいえ、次郎と同様に独り身を貫きながらどんなに次郎法師を想っていても次郎法師の方は直親のことしか見ていないことに対する政次の絶望感が如何に重いものであったか、今川に問い詰められてあっさり裏切ったシーンに良く表れていたように思う。あるいは、どうして次郎法師が政次という人間に振り向かなかったかということに対する回答としての彼の人間性に対する批判であったのかもしれないが。

その他、夫の元康が飛躍を遂げても、今川の出ということで疎まれて肩身が狭くなっていく瀬名の姿が描かれている。家であり配偶者の男性にそれこそ主人として自身の人生を委ねるしかない女性の生き方の悲哀が演出されていたものの、一方では対照的に独り身でいる次郎法師の生き方もありなのではないかと思わせ、視聴者に多様な生き方への肯定という励ましのメッセージが発せられているようであった。
                 
        

おんな城主 直虎 第10回「走れ竜宮小僧」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第10回「走れ竜宮小僧」
奥山朝利(でんでん)をもみ合いのすえ刺殺してしまった政次(高橋一生)が次郎法師(柴咲コウ)のもとを訪れる。次郎法師は手負いの政次を寺でかくまうことにする。父を討たれたしの(貫地谷しほり)は悲嘆にくれるが、小野家に嫁いでいた妹のなつ(山口紗弥加)の口から意外な事件の真相が語られていく。一方、松平元康(阿部サダヲ)は今川家に反旗を翻すが、駿府に残された妻の瀬名(菜々緒)は窮地に立たされてしまう。

奥山殿を殺してしまった政次のために奔走する次郎法師。惚れた女にそこまでされたら次郎法師と井伊家のために純情な政次が直親と絆を確認しながらもあっさりと裏切ってしまうのも分かるような気がすると思わせた回。実際、政次がどう変わっていくのかは分からないが、チャンスをものにした阿部サダヲ演じる松平元康が徐々に風格を漂わせていくように人は立場に応じて大きく変わっていくのだろう。氏政は情けなくなってしまったが、それも含めて、その人に応じた地位を与えてやりなさいという教訓じみたエピソードにもなっている。

しかし、今後の政次を考えると、奥山殿を殺してしまった経緯についてもどこまで本当か分かったものではなく、疑心暗鬼じみたものを視聴者は感じてしまい、そしてそれが政次であり、小野家の受難というものをうまく演出されてもいるように思った。
                 
        

おんな城主 直虎 第9回「桶狭間に死す」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第9回「桶狭間に死す」
今川義元(春風亭昇太)に従い、尾張の織田攻めへと向かった直盛(杉本哲太)。父の無事を祈る次郎法師(柴咲コウ)の元に思わぬ悲報がとびこむ。桶狭間で今川軍が大敗し、直盛も討ち取られたというのだ。負傷兵たちの手当てに次郎法師が奮闘する中、供をしていた奥山孫一郎(平山祐介)から直盛の最期の様子が語られる。一方、松平元康(阿部サダヲ)は空になった古巣の岡崎城に入城し、ついに今川家からの独立を果たす。

桶狭間の描写はあっさり。真田丸の時の関ヶ原を彷彿とさせるが、桶狭間後の家中のドラマをメインに描くという構成は悪くない。桶狭間で生じた混乱に乗じて機を見るに敏であった松平元康と狼狽するしか無い今川氏真、そして後継問題で各々が抱く思惑が渦巻き、まとまりを欠いていく井伊家の姿が対照的に演出されていた。

井伊家の男たちの頼りなさは次郎法師をトップに据えるための伏線のようでもあり、現代社会の風刺のようでもあったが、ここまでのドラマを見ると柴咲コウがそれほど優れた人物とも思えず、彼女へのお膳立てのためによほど男たちを無能に描かなくては、という鬼気迫るものが伝わってきてしまうのが皮肉でもある。
                 
        

おんな城主 直虎 第8回「赤ちゃんはまだか」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第8回「赤ちゃんはまだか」
直親(三浦春馬)と夫婦になって4年、しの(貫地谷しほり)はいまだ懐妊の兆しがないことを気に病んでいた。その様子を見かねた次郎法師(柴咲コウ)は、政次(高橋一生)に子を授かるための妙薬を買い求めてくるよう願い出る。その頃駿府では、今川義元(春風亭昇太)が家督を息子の氏真(尾上松也)に譲り、尾張の織田攻めに向けて着々と準備を進めていた。直親はこの戦で初陣を飾りたいと直盛(杉本哲太)に参陣を申し出る。

いつまでも子どもが出来ないことを思い詰めていた直親の正室であるしのを見かねて次郎法師が子作りに効く妙薬としてジャコウを買ってくるが、しのはかつて直親と結婚の約束をした次郎法師が自分の不幸を願っているのだという被害妄想に取り憑かれてヒステリーを起こす。

しのと対照的な存在として次郎法師の姿を映すことで、時代物である大河ドラマのリアリティを維持しつつ現代の視聴者に対して結婚や子どもだけが女性の幸せではないというメッセージが企図された構図になっているのかもしれないが、悲しいかな次郎法師(柴咲コウ)が絡むと途端にドラマが白々しくなり、結局女性の幸せは結婚と出産を勝ち取ることにしかないと結ばれてしまっている。ただ、それを含めて肩身が狭い次郎法師の姿が現代の視聴者の共感を誘うところはあるだろうし、しのの姿にだって妊活に励む人やパートナーの浮気に悩まされる人が己の姿を重ねられるものになっているのかもしれない。
                 
        

おんな城主 直虎 第7回「検地がやってきた」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第7回「検地がやってきた」
井伊家存続のため直親(三浦春馬)とのつらい別れを選んだ次郎法師(柴咲コウ)。政次(高橋一生)は今川館に出向き、直親の帰参と家督相続を認めてもらおうとする。これに対して今川義元(春風亭昇太)の出した交換条件は、井伊谷での大規模な「検地」の実施だった。井伊直平(前田吟)は自分の治める川名の隠し里に今川の検地の手が及ぶことを恐れ、怒りをあらわにする。

今川の検地に対して、直親は自分が如何に誠実で政次を信頼しているかをアピールし、政次の協力を得て隠し里の存在を今川に明かさないようにするが、いざ今川に隠し里の存在がバレると直親が馬脚を表し、政次に罪をなすりつけようとするところで、直親も所詮は人であることと、同時に今川の犬と罵られながらも井伊家を支える立場にある政次の、そして小野家の苦労が視聴者にも分かりやすく伝わってきた。しかも、初恋の女である次郎法師も井伊家のためと言いながらずっとこの直親のことを気にしているのだから、政次としては腸煮えくり返る思いであったことは想像に難くない。また、直親の鈍感な部分を強調してみせた比喩的な表現として、自分が次郎法師と仲良くしていることを妻が良く思っていなくても気にも留めないというものがあり、このあたりが人の上に立つ者として致命的である、とこの作品としてはしたいのかもしれない。今後、直親が足元をすくわれていくことの布石でもあろう。
                 
        

おんな城主 直虎 第6回「初恋の別れ道」 (ドラマ)

                 
おんな城主 直虎 第6回「初恋の別れ道」
井伊谷への帰還を果たした亀之丞は、元服して井伊直親(三浦春馬)と名を改める。直親は次郎法師(柴咲コウ)を還俗させて、自分の妻に迎えたいと願い出るが、政次(高橋一生)はまず今川家に直親の帰還を許してもらうことが先決だとしてこれに反対する。実は次郎法師の出家は、今川による井伊の本領安堵の条件になっていたのだ。それでも夫婦になることを諦めきれない直親は次郎法師にある提案を持ちかける。

直親となった亀は次郎法師を還俗させて自分の嫁にしようとするが、今川による本領安堵の条件が次郎法師の出家だと知ると今度は次郎法師を死んだことにして自分の女になれと迫る。イケメンで人当たりも良く実直な性格と一見非の打ち所がない好青年も女のことになると途端にみっともない執着心や男女観を何の疑問も抱かないまま露わにしていくところが風刺的に描写されており、また今川という強大な壁が立ちはだかると姑息な手段を用いることしか出来ない世の中の不条理さもリアリティがある。ただ、結局家のために次郎法師は直親を振ることになるとはいえ、それをしっかりと受け入れた直親の器はやはり大きいか。

一方、腹に一物抱えてそうなのは政次(鶴)の方で、コンプレックスと次郎法師への想いは相当に強く、自分の手に入らないなら次郎法師を誰にも抱かせずいっそ女として黴びさせてしまいたいという鶴の考えが、家のために女を捨てて黴びることを決心した次郎法師の姿とオーバーラップさせているところがホラーのようでもあった。

女が男のように何か大きなことを成そうと思ったら、女であることを捨てる覚悟がなければならないというのは現代でも通じるテーマであろうし、そしてその背景には自分の下につかないなら女であることを許さないという男の側からの妨害もあるのだろう。
                 
        

おんな城主 直虎 第5回「亀之丞帰る」 (ドラマ)

                 
亀之丞帰る
天文23年(1554)春。成長した次郎法師(柴咲コウ)は僧としての修行を積みながら、行方知れずの亀之丞(三浦春馬)の帰りを待つ日々を過ごしていた。駿府では今川義元(春風亭昇太)が武田・北条との縁戚関係を背景にいっそう権勢をふるい、いよいよ三河平定へと乗り出そうとしていた。この今川家の威光を笠に井伊家中での実力をさらに強めた小野政直(吹越満)だったが、突然の病に倒れる。

やっとこさやってきた柴咲コウ編の直虎だが、ノリは少女おとわの時と変わらず。鶴の想いをスルーし続けて亀之丞の帰りを心待ちにしながら成長したおとわこと次郎法師のもとにとうとう亀之丞が帰ってくる。当初は、亀之丞が彼の父親のようなむさいおっさんになっていたらどうしようかと不安に怯え、自分が良い男を求めているという煩悩に苛まされるが、実際に目の前に現れた男が三浦春馬のルックスでほっと胸を撫で下ろしたといったところだろうか。このへんは等身大の女性の思いや、結婚相手を自分で決められない昔の女性の悩みをうまく比喩を用いて表現されていたように思う。

一方で、醜男とか冴えない男ぐらいに設定してくれた方が個人的にはリアルに感じるし、女性だけではなく幅広い視聴者の心を掴めそうなドラマを構築出来そうでもあったが。
                 
        

おんな城主 直虎 第4回「女子にこそあれ次郎法師」 (ドラマ)

                 
女子にこそあれ次郎法師
井伊家の本領安堵の条件としておとわ(新井美羽)は正式に出家することになり、「次郎法師」という名を与えられる。「次郎」とは井伊家の家督を継ぐ男子の名であった。翌日から兄弟子である昊天(小松和重)と傑山(市原隼人)による厳しい修行が始まる。一方、今川の目付となった小野政直(吹越満)は井伊家中における発言権をますます高めていた。そんなある日、政直の命を狙う北条の手の者が井伊谷にやってくる。

井伊家存続のために出家をするおとわだったが、過酷な修行生活に耐えきれず逃げ出してしまう。出家をしてから出家をすると亀と夫婦になれないことを知るなど、思い描いていた世界と大きくかけ離れた現実に何度も挫けるが、最後には竜宮小僧となる覚悟を決め、人々く善行を進んでこなすことに挑むと物事が好転していく。今回も子どもを主人公にした子ども向けを意識した展開で、クレヨンしんちゃんのような大げさなリアクションなどを用いた分かりやすいコメディ仕立てになっている。

何も知らない子どものうちに将来のことを決めても実際にそれが本当に自分が望んだ道かなんて分からないし、それはおとわが宣言した女を捨てるということについてもどうやら同様であるらしいが、亀のことが好きであるという気持ちについては変わりはないらしい。それが、亀との距離が離れていて亀という存在へのリアリティを失くしたままでいるかどうかは分からないが、いずれにせよ、おとわが成長して柴咲コウになっても女としての己の部分と男としての社会的立場との葛藤がありそうだ。作品としてもそこを肉付けしていって物語としての厚みやリアリティ、そして哲学性などを演出していくつもりなのだろう。

第1話を見た時に期待したものとはまるで違う、ありがちな女性向けドラマになってしまいそうな点については残念でならない。ヒールの父親に反発できる気骨のあるところを見せる一方で、おとわへの気持ちをひた隠しにしておとわと亀の仲を応援し続ける鶴の方が、おとわよりも遥かに主人公として相応しい奥行きや文学性を生んでいたように映ったのは果たして筆者が単に男性だからというだけであろうか。
                 
    
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