八尺八話快樂巡り 異形怪奇譚 (漫画 叙火)

                 
八尺八話快樂巡り~異形怪奇譚【Sハード】 (MOOG COMICS)[アダルト]八尺八話快樂巡り~異形怪奇譚【Sハード】 (MOOG COMICS) [アダルト]
「快楽と恐怖が交差する!?怪異×人間の常軌を逸した淫虐オムニバス!」タクシー運転手の女性は大雨の中、びしょ濡れになった男を車に乗せる。長身である女性を見て男は雨が収まるまで恐ろしい話をする事を提案した。それは八尺様と呼ばれる長身の女性に魅了されてしまった少年の話だった…オムニバス形式で展開する妖しくも淫らな怪談…ふとしたきっかけで始まったこの話には衝撃的な結末が待っていた。

オムニバス形式で展開される怪奇ホラー仕立てのエロ漫画。雰囲気にマッチしたおどろおどろしいタッチの絵はエロ漫画として見るとストーリーと合わさって癖を感じさせるものの、エピソード毎に描写される様々なシチュエーションについてはエグさがありつつも、特別グロテスクなものを性的嗜好としなくても楽しめる程度にデフォルメされているので幅広い読者層に対して薦めることが出来る作品になっている。

巨大な女性(巨女)と少年(ショタ)の対照的な組み合わせのセックスやマネキンとの性行為強制、触手姦、獣姦など、主に異形との交わりをテーマにしたショッキングな内容は、コテコテのエロ漫画にどこか懐かしさもあるホラーをスパイスとしてたっぷり振りかけているようでもあり、あるいはホラー漫画の世界の延長としての性を追求しているようにも受けとれ、また古いエロゲーユーザー的には昔のエルフやシルキーズに求めていた情緒がそこに少し見て取れるようでもあった。

八尺八話快樂巡り 八尺八話快樂巡り
                 
        

マンガでわかる大阪都構想と橋下維新 (漫画 相川俊英)

                 
マンガでわかる大阪都構想と橋下維新 (コミックBOOK)マンガでわかる大阪都構想と橋下維新 (コミックBOOK)

橋下徹の大阪市長時代に出版された本で氏が掲げていた大阪都構想などの改革について肯定的に評価する立場から、その具体的な中身について漫画表現を用いて簡潔に説明されている。維新八策として打ち出された様々な政策があるとしつつも、本著では特に大阪府と大阪市の軋轢による非効率な二重行政の解消への挑戦とそれに抵抗している既得権益者としての公務員への攻撃に焦点が絞られており、そのわかりやすさは対象(公務員)への一方的な中傷につながっているようにも受け取れ、どうして橋下維新が敵を作りやすいのかが本書そのものから伝わってくるような気がしたが、そこまで踏み込めるところに大阪とそしてこの国を覆う閉塞感の打破への想いを託したいと多くの人は支援するのだろう。歯切れの良いメッセージは危なっかしさも伴うが、才気を伺わせ、橋下徹という人間に凡人とは違うと感じさせるものがあるのは間違いない。
                 
        

総員玉砕せよ! (漫画 水木しげる)

                 
総員玉砕せよ! (講談社文庫)総員玉砕せよ! (講談社文庫)
昭和20年3月3日、南太平洋・ニューブリテン島のバイエンを死守する、日本軍将兵に残された道は何か。アメリカ軍の上陸を迎えて、500人の運命は玉砕しかないのか。聖ジョージ岬の悲劇を、自らの戦争体験に重ねて活写する。戦争の無意味さ、悲惨さを迫真のタッチで、生々しく訴える感動の長篇コミック。

著者の体験をベースにして第二次世界大戦における南方戦線の模様が描かれている水木しげるの漫画で、戦争の悲惨さや無意味さが等身大の兵士達の姿から伝わってくる。

水木しげるの分身として登場する主人公の丸山二等兵は上官の理不尽な命令や暴力に耐え、貧しい食事と不衛生という劣悪な環境下で重労働をこなす。そんな極限下の戦場であっても、いやそんな戦場であってか、多くの兵士たちはあっけらかんとしていつも考えていることは飯と女のことばかり。そんな人間味溢れる仲間たちの多くが敵のアメリカ人ではなく、同じ日本人の上官によって命を粗末に扱われたことに対しての怒りが作品には徹頭徹尾貫かれていた。その一方で、美学や軍紀のために下の人間には玉砕を強いながら自分だけはちゃっかり助かろうとする参謀の姿を通して、上に立つ人間のズルさにも人間味を醸していて、同じ人間としてそういう風に指揮を取らざるを得なかったことを哀れんでもいるところが如何にも水木しげるのようでもあった。

あとがきで参謀は実際は逃げてしまったと明かされているが、作中では殺されている。これは単に参謀への憎悪と同時に主人公と共に作中で死なせることで「名誉の戦死」を遂げさせて、参謀もまたその名誉に翻弄された被害者の一人でもあるというメッセージにもなっているのだろう。

解説で紹介される水木しげるの「私、戦後二十年間くらいは他人に同情しなかったんですよ。戦争で死んだ人間が一番かわいそうだと思ってしましたからね。ワハハ」というコメントが胸に響く。
                 
        

タキオン=フィンク (漫画 樹崎聖)

                 
Tachyon fink(タキオン・フィンク) (ジャンプコミックス)  Tachyon fink(タキオン・フィンク) (ジャンプコミックス)

冷凍睡眠(コールドスリープ)から目覚めた主人公を待っていたのは、自分の知っている世界から大きく変貌を遂げた近未来の地球であった。ナノテクノロジーにより食料やエネルギーの心配がなくなり、労働から解放された人類だったが、支配者層に都合よく遺伝子を操作されてしまい、結局、人権の軽視された旧世紀然とした惨めな生活に戻りつつあった。そして主人公もまた父親代わりとして慕っている男性に実は冷凍睡眠している間にモルモットにされていたことを知る。

近未来SFとして著者が擬似科学考証にこだわったとコメントしている通り、SFの手本のような背景のしっかりした作りこまれた世界観が秀逸である。幸福を追求するために発展を遂げてきたはずなのに、発達しすぎた科学技術は人間と人間社会の統治システムで制御するのには限界を迎えるということなのだろうか。あるいは、どんなにテクノロジーが発達してもどこまでも同じ歴史を繰り返し続ける成長しない人間という存在に対してのアイロニーが込められている。

これを主人公が人間であって人間ではない「化け物」として、憂いを帯びながらも、腕力でなぎ倒して道を切り拓く。ありがちな、冷たい科学(ロボット)、熱い感情(人間)という冷戦時のアメリカ側からのアジのような二項対立構造にも取れるが、こんなにも細部までこだわられた世界観なのに単純にひたすらぶん殴って解決していくというところに痛快さが際立っていた。
                 
        

ルーキーズ (漫画 森田まさのり)

                 

ROOKIES 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
二子玉川学園高校(通称ニコガク)へ赴任してきた新人教師・川藤幸一(かわとうこういち)。そこで彼が出会ったのは部員の起こした不祥事により活動停止中の野球部。かつては春のセンバツ甲子園出場まで果たしていた伝統ある部も、現在では不良達の溜まり場と化し、部員達は自暴自棄になっていた。 そんな部員達の心の奥底に残る情熱を見抜いた川藤は野球の「や」の字も知らなかったが、自ら顧問となって野球部の再建に乗り出す。初めは川藤を馬鹿にしていた不良部員たちであったが、次第に彼の親身になって自分たちと向き合おうとする態度に動かされ、様々な試練や逆境に見舞われながらも一致団結して夢の甲子園を目指し奮闘していく。 しかし川藤には、以前赴任していた学校で更生させようとした不良生徒に重傷を負わせてしまい、辞任した過去があった・・・。

『ろくでなしBLUES』の森田まさのりが挑む高校野球漫画。

不良の溜まり場と化している野球部の顧問となった新人教師・川藤幸一の教育者としてのひたむきな熱意と優しさ、そしてユーモラスさが多くの者の胸を打ち、やがて野球部員達を甲子園を目指すどこにでもある当たり前の球児へと更生させていく前編を読む限りでは、野球シーンよりも喧嘩のシーンのほうが気合が入ったような描写にしているようにも映り、やっぱりこの著者は野球よりもヤンキー同士の殴り合いの方が好きなのかなと感じたが、予選大会の試合が舞台となる後編ではさすがに野球の試合がメインとなり、野球漫画としての面目躍如ともいえる濃密な野球シーンが延々と堪能できる。

TBS系列で実写ドラマ化されたが、この作品自体が如何にもTBSにありそうなヤンキー青春ドラマの漫画化といった風ではある。それぞれ様々な事情を抱えているであろう理屈が通じない情緒不安定な若者達を教育者(大人)の熱意による単純な理屈でねじ伏せてハッピーエンドに導いていくという過程はどんなに飾り立てられても新興宗教チックで、実写で思い浮かべると途端に背筋が寒くなるという人もいるかと思うが、漫画だとそう感じさせない、森田まさのり氏の筆力・画力・構成力に唸らされるばかりであった。

野球に関心がある人だと、ニンマリと出来るシーンがある。ヤンキーでなかった人でも、こんな青春いいかもねと思えてくる。川藤を見ていると、こんな格好良くて喧嘩も強い、カリスマ性のある大人の男になりたいと動き出し始める。近くにいる頑張ってる人を素直に応援したくなってくる。そんな素敵な漫画ではあった。

二十歳になろうが30になろうが、何かを始めるのに遅すぎるということは絶対にないんだ。 by 川藤。

そうね、いい大人が漫画読んでもいいじゃない。これが川藤菌か。
                 
        

殺し屋イチ (漫画 山本英夫)

                 
殺し屋1 第1巻 殺し屋1 第1巻
キョーレツな痛みを発火点にさく烈するイジメられっ子・イチの泣きの拳が欲望都市・新宿で美しく輝く。最終ハードコアバイオレンスの戦慄。

あのいじめられっ子「イチ」が帰ってきた! 殺し屋になって……。

高校時代編と同様にイチは強くなっても気が弱いままで周りから侮られる存在であった。イチは不気味な作り笑いを浮かべて人との付き合いをなんとかやり過ごそうとするが、ますますタチの悪い連中に絡まれて付け込まれるという根っからのいじめられっ子体質。

いじめられていた過去のコンプレックスをトラウマとして抱えており、そこをエネルギーに感情を昂ぶらせて爆発するというのは高校時代編と一緒だが、新宿でヒットマンとしてヤクザを殺していく今回のシリーズでは、過去のトラウマに悶え、苦しみながら、殺害を遂行していく様に、イチという存在を利用して甘い汁を啜る頭の良い男という存在が追加されることで、痛々しさが増している。

更に、イチの思い込みの激しさと変態的といえる真性のサドという性癖をプラスして、単にビジュアル的にグロテスクでハードなバイオレンスというだけでなく、人間の内面の気味悪さまで抉り取ろうという演出が施されていた。

面白いなと思ったのは、全てが片付いて、最高の絶頂(射精)を迎え、トラウマやコンプレックスのエネルギーが凡人レベルまで落ち着いたイチが殺し屋としては使い物にならなくなり、それが新宿という欲望の街の業の深さとして描写されているのだが、その後の垢抜けたけれどもどこか不器用さが残ったままのイチはまるで魅力的に映らず、新しい殺し屋の存在の方がギラギラしていてどこか惹きつけられるところがあるところだ。

この漫画を読んでいると、結局世の中、コミュニケーション能力や共感能力、そして知性(狡猾さ)だよなあと悲哀な感情に沈む一方で、コンプレックスにまみれた人間の魅力というのも捨てがたいと考えることが出来るのが素敵だとは思う。何か重いものを抱えた人間には強くなる素質がある。僕もそう思うし、そう信じたいものだ。
                 
        

海猿 (漫画 佐藤秀峰)

                 
海猿1  海猿1
海上保安庁 第七管区(九州)新人海上保安官・仙崎大輔の乗る巡視船「ながれ」が出航した。目的は、SOSを受けた中国船籍「鳳来号」の救助。偶然、乗り合わせてしまった新米新聞記者・浦部美晴とともに、岩礁の「鳳来号」のもとへ急ぐ「ながれ」。。極限状態の中、ひとに何ができるというのか!?海をめぐる熱き人間ドラマ、今、ここに始まる!!

海上保安庁の新人保安官である主人公の成長物語。救難活動を通して、極限状態の中で描かれるリアリズムと熱いヒューマニズムの狭間でもがき苦しむ主人公ら「人間」の姿が迫力のあるタッチで演出されており、シンプルなメッセージでありながらも、生きることの大切さや思いを繋ぐことの意味を深く考えさせられるほどに読者の胸を打ち続ける。

言葉よりも生き様でみせるという作風に大いに引きこまれていったが、やや装飾過剰なのも気になり、常に戦争ドラマよろしくの同じパターンでしか話を盛り上げられないので、次第にご都合主義的に危機が迫っては涙と血を流すという展開に白々しさを覚えてしまったのが惜しい。

また、人間賛歌がベースではあるが、あまりに登場人物が善人過ぎるのも気になった。ただ、これがこの作品の良い所といえるのかもしれない。ベタな悪役の存在や集団生活にありがちな「いじめ」が人間の本質としてテーマに掲げられていたらこの作品の最大の長所と思われるシチュエーションは複雑なのにメッセージはシンプルという良さが失われていた可能性はある。

本作には、世界は残酷で冷たいけれど、そこで生きている人間は優しくて温かいという哲学が貫かれているのである。
                 
        

イチ (漫画 山本英夫)

                 
イチ イチ
高校生の城石一(ハジメ)は、いじめられた経験から強くなりたいと願い空手を習うが、ケンカでは怖くて体が動かない。幼馴染の大(ダイ)との確執、謎の転校生との戦いを通じて成長を描く。

人気コミック「殺し屋イチ」の原点となる作品

リーゼントの不良が幅を利かせてやりたい放題の如何にもな80年代から90年代初頭のヤンキー漫画なのだが、主人公に設定されているのがいじめられっ子で空手を習っている見た目平凡な高校生で、気弱な彼が喧嘩を通してコンプレックスを克服するという過程の描写がメインなのはこの時代にしては少し珍しいタイプだろうか。弱いままでもいじめられ、強くなっても気が弱いままではいじめられと、とても損するタイプの主人公に共感を覚える人も多いことだろう。個人的には少しコンプレックスに係る描写が大げさ過ぎるような気はした。

単行本1巻というボリュームだから仕方ないのか、描き込みにやや物足りなさを感じるところはあるものの、だからこそ、今後、この主人公と世界はどうなるのだろうと読者の想像力に訴えかける余地が大いにあるのは楽しい。

と思っていたが、実はこの作品、後にこの主人公を据えたシリーズが人気を博すことになる、とのことであった……。
                 
        

将 ショウ (漫画 しげの秀一)

                 
将〔ショウ〕(1) 将〔ショウ〕(1)
潜在的な波動(ウエーブ)を持つ格闘の天才、その名は“将”。彼の闘いは、ある朝突然、始まった!! 不気味な雰囲気をもって転校してきた“結城”。彼は学園内で結城グループを作り上げ、グループの優位を絶対的なものとするため、将の友人でもある秀樹をも叩き潰す。しかも、彼の裏にはまだ正体の見えぬ黒幕の姿が見え隠れし……。そして、将との闘いが始まる。今、朝霧高で何が起きようとしているのかっ!?

あの頭文字Dのしげの秀一先生がバリバリ最強伝説と頭文字Dの間に連載していた超能力学園バトル漫画。空手の天才であるイケメン主人公がヤンキーグループやその裏にいる闇の組織と抗争を繰り広げる。時々デッサンがやたら狂うしげの秀一先生の画風はお馴染みだが、それなのに絵の下手さを感じさせない、むしろ味のあるものに捉えることができるのだから不思議だ。

ただ、しげの先生はバイクや車と違って格闘にはそれほど執着がないのか、単調で投げやりな展開と、絵もそうだが、特に話の流れの中でのキャラの描き分けが出来ておらず、分かりにくさ・読みにくさがあったのが残念だった。

困ったときのお色気頼みというのか、しょっちゅう女の子のパンチラやブルマをサービスしている。人によっては誰得(誰が得するんだよの略)と思うかもしれないが、個人的にはしげの先生の描く女の子は結構魅力的に映る。最後は結局打ち切り漫画のような無茶苦茶で中途半端な締め方をしていたのはちょっと擁護できないけれど……。
                 
        

烈火の炎 (漫画 安西信行)

                 
烈火の炎(1) (少年サンデーコミックス) 烈火の炎(1) (少年サンデーコミックス)

烈火の炎って連載当初から幽遊白書のパクリとか劣化コピーの劣化の炎とか言われてたけど、実際に読んでみたら確かに幽遊白書によく似てた。

ただ、作者がこれを20代で完成させたというのはすごいと思うし、幽遊白書にあった深みのある哲学やサブカル語り、刺々しいからこそ人間味に溢れる不思議でおどろおどろしい世界観に比べると、ちょっと角がとれて分かりやすいライトな勧善懲悪の物語と凛々しい男やかわいい女によるキャラ立ち重視のボーイミーツガールといった良くも悪くも少年漫画らしさという枠の中に収まり続けていたし、どこまでいっても既視感のある話の構成と展開ではあったが、だからこその読みやすさがあり、人気が出ても定期的に読者サービスを忘れないなど作者の人柄の良さと作品への思い入れが最後まで伝わってくるのは好印象だった。

幽遊白書が聖闘士星矢ばりにあっち行ったりこっち行ったり、それはそれで実験的で面白かったとはいえ、しまいには魔界編で世界観をぶち壊しにかかったのに比べると、烈火の炎は第一部である紅麗編と第二部である森光蘭編とのボリュームのバランスや世界観の統一性などが丁寧に保たれており、独りよがりにならずにどこまでもファンを大切にして作品を仕上げたことが伺える。

それでも幽遊白書の劣化コピーと言われるなら、それはきっと、冨樫義博先生が凄すぎるんだよ……。とはいえ、烈火の炎もやりすぎな感じもあった。安西先生も批判は承知の上だったと思うが、人気が出てからもあからさまなパロディ風路線を突っ走ったのは編集の意向に逆らえなかったなどの事情があるのだろうか。
                 
        

マンガ 暴力団 対暴力団の危機管理マニュアル (漫画 溝口敦 鴨林源史 沖田龍児 根本哲也 田丸ようすけ)

                 
マンガ暴力団―対暴力団の危機管理マニュアル マンガ暴力団―対暴力団の危機管理マニュアル

もしも暴力団に出会ってしまったら、そもそも暴力団とは一体どういう組織なのだろうという身近な疑問に漫画という表現を用いて分かりやすく答えることを目的とした副読本的な作りになっており、どういう人が構成員なのか、普段何をしているのか、我々の生活とどういう風に関わっているのか、どういう点が厄介なのか、などがカジュアルに描写されている。

具体的なヤクザのシノギの例として、野球賭博や裏カジノが原作者の溝口敦氏の取材活動に裏打ちされた説得力のある内容で説明されており、全体的に単なるうわさ話をベースにしたものとは違う質の高いテキストとビジュアルで構成されていた。

暴力団への対応について、毅然とした態度で接し、警察や弁護士などへの相談も躊躇わないこととあるが、こういった点は暴力団だけではなく、創価学会などの新興宗教にも応用できるといえよう。

また、本書では暴力団は既に衰退期にあると喝破し、暴力団について無理矢理に法規制を強めても地下に潜ってマフィア化するだけだと批判している。

個人的には、暴力団や創価学会のような困った組織にはやはり相応の厄介な人が集まっているわけで、それはそういう人の受け皿が他にないことが原因であり、社会の構造の問題でもあると考えているので、そういった切り口から、つまり他に行き場のない人々の受け皿としての暴力団という観点での語りがなかったのはちょっと残念だった。
                 
        

項羽と劉邦 若き獅子たち (漫画 横山光輝)

                 
項羽と劉邦 (1) (潮漫画文庫) 項羽と劉邦 (1) (潮漫画文庫)
張良の始皇帝暗殺未遂と始皇帝の死から、陳勝・呉広の乱、楚漢戦争での項羽の死までを描く。

巨匠横山光輝による項羽と劉邦。
巷に溢れる過剰ともいえるほど演出に凝られた現在の娯楽漫画と比べるとやや表現が堅く、質朴とした説明調にも見受けられるが、筆致から窺える確かな構成力と知識が読みやすさを支えており、こういうのを不朽の名作というのかと、唸らせるほどの豊かな作品性が読者に伝わってくる。

項羽と劉邦、当初劣勢だった劉邦を天下統一に導いたもの、そして項羽を惨めな死に追いやったものは何なのかという点がすごくわかりやすく、単行本全21巻、文庫版全12巻という、それだけの長編歴史スペクタクルであるにも関わらず、要諦としては外見や経歴で人を判断せずに賢人の採用をためらわず仁政を施し人心を得た方と残忍で暴虐の限りを尽くした方を勝者と敗者、明と暗に分けて対照的に描き続けるという繰り返しであった。

ロマンを追いかける歴史物の常というのか、作者の判官贔屓が過ぎるのは気になったし、項羽の最期で幕を閉じるのではなく、項羽を倒した後の劉邦や韓信も描いて欲しかったところではあるが、力なき正義の脆さや、また仁愛の者であっても権力を得れば容易に腐敗するという現実の厳しさを指摘しながら、時に読者と共に嘆くその作者の姿勢だからこそ、およそ人間の歴史自体がこれの繰り返しなのだろうという、ともすれば上から目線にも取られかねないその示唆を一読者として素直に受け入れることができるという不思議なマジックがかかっている。
                 
        

リング (漫画 鈴木 光司 永井 幸二郎)

                 
リング (講談社漫画文庫)リング (講談社漫画文庫)

90年代に一大ブームを巻き起こしたあの『リング』の漫画版。

アレンジを大きくきかせ、主人公がシングルマザーの女性という設定に変更されたり、ラストに貞子がテレビから出てきて襲いかかるという衝撃の演出がウケた映画版と違ってこちらの漫画版はかなり原作に忠実な内容になっている。

堅実な作りではあるものの、原作ほど深みがあったり、迫り来る恐怖や感情の昂ぶりなどが伝わってくるわけではない。また原作にあった鈴木光司らしい父性への執着もほとんど描写されておらず、かなり味気ないものになってしまっているのは残念だった。
                 
        

ショッキングピンク! (漫画 ヤオリイスケ)

                 
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三国志をモチーフにした作品で、有名武将を女体化した萌えエロ漫画。現代を舞台に男主人公(孔明)が劉備・張飛・関羽などの女(武将)達に言い寄られ、体を重ねていく。
ストーリーもエロも高いレベルで作りこまれていたし、それなりに多い登場人物をきちんと描き分けられていたのは見事だったが、後半に連れてエロとストーリーが巧みにミックスされているとは言いがたいものになっていき、そのぎこちなさと紙幅の関係で1話毎の展開が粗くなってしまっていた。どっちつかずの中途半端なものになり、折角のキャラがそこに埋没してしまっていたという印象だったのが残念。

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大長編ドラえもん VOL.1 のび太の恐竜 (漫画 藤子・F・不二雄)

                 
大長編ドラえもん (Vol.1) のび太の恐竜 (てんとう虫コミックス)
大長編ドラえもん (Vol.1) のび太の恐竜 (てんとう虫コミックス)
ドラえもんたち五人が活躍する愛と友情がいっぱいの大冒険物語。のび太が偶然発見した化石の卵から、小さな恐竜が生まれた!! 名まえはピー助。とてものび太になついたが、ピー助のことも考え、のび太とドラえもんは、ピー助の仲間がたくさんいた時代、約一億年前の白亜紀にピー助を帰すことにした。途中、謎の黒い男が現れ、ピー助をうばおうとするが、なんとか切りぬけ、ピー助を仲間たちのいる海に帰すことができた。しかし、数日後、のび太とドラえもんは謎の黒い男におそわれたときの銃撃によるタイムマシンの故障で、仲間たちが存在しない別の海にピー助を帰してしまったことを知る。二人はしずちゃん、スネ夫、ジャイアンたちといっしょに、故障中のタイムマシンに乗りこみ、ピー助のもとへと急行した!! はたして、のび太たちはピー助に会えるのか? そして、謎の黒い男の正体は? 大長編ドラえもんシリーズの記念すべき第1作!!

(引用 amazon 大長編ドラえもん (Vol.1) のび太の恐竜 (てんとう虫コミックス)

子どもの頃、コロコロコミックを購読していて、大長編ドラえもんの連載が始まるのが楽しみでした。映画館にドラえもんを観に行くのが無理で、いつも映画がテレビ放送されてようやく見ることが出来ていた自分にとって、ドラえもんの最新映画の内容を、映画が始まる頃にはどういうものか漫画で読んで知ることが出来るんですから、多くの人が知り得た情報であるそれを、自分だけが知っている秘密の宝物のように大事に抱えていたものでした。

1980年上映の映画に合わせて連載されたという『のび太の恐竜』は、僕はリアルタイムでは読んでいませんが、恐竜のピー助とのび太との別れのシーンはテレビのバラエティ番組のアニメ感動シーン特集で何度も見ていたので、それほどギャップを感じさせない作品でもありました。

展開がやや強引で、構成の荒さ、荒唐無稽なシーンを見せるところもあるものの、古代の恐竜というロマンに導かれながら、やがて自然の厳しさと同じ人間である恐竜ハンターに立ち向かうことになる少年少女たちの冒険活劇は、力点が人間同士の争いよりも、少年少女達の友情と過酷なサバイバル生活を映えさせることに置かれていて、素朴に人間の欲望を肯定しながらも、そこに痛烈な批判と希望が加えられており、感動的で味わい深い作品でした。
ピー助との別れのシーンよりも、のび太達が生き残ることができたというのが素晴らしく感動的であるぐらい、タイムマシンが壊れ、タケコプターの使用が制限される中、古代で絶望に覆われながらも希望を求めてサバイブしながら前へ進んで行くシーンがスリリングで迫力に溢れていました。
                 
        

孤独のグルメ (漫画 久住昌之 谷口ジロー)

                 
孤独のグルメ 【新装版】孤独のグルメ 【新装版】

学生時代は一人で飯を食うということはこの集団の社会の中ではとてもまずいことではないかと考えていた。今思えばあの強迫観念はなんなのだろう。あの種の強迫に追いかけられながら我々は生き続けなければならないのだろうか。

孤独のグルメは、個人で輸入雑貨商を営んでいる中年の主人公が、一人でふらりと入った店で飯を食う、その日常の中の食事のシーンを切り取った作品である。
自由気ままが性に合うと云いながら、どこか後ろ姿が寂しくて、侘しさのある主人公は、孤独を愛するというよりも、コミュニケーションが疲れやすいのか得意ではなくて、社会からはみ出された存在のようで、そんな彼が気になったものを注文し、気ままに食う。食って、豊かに満たされていく。口で会話をしなくとも、食事とその空間のあらゆる存在に対して五感をフルに使って独自のコミュニケーションを試みる彼の感性の豊かさが、一人で平凡に飯を食うことの楽しさであり可笑しさを詩的に伝えている。

「モノを食べる時はね 誰にも邪魔されず 自由で なんというか 救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで……」

誰でも、自分なりの楽しい食事の仕方というのはあって、それが多人数の団欒の場であっても、きっとそこにはその場にいる人の数だけ「孤独のグルメ」が存在するのだろう。
                 
        

伊藤潤二恐怖マンガCollection[16] フランケンシュタイン (漫画 伊藤潤二)

                 

伊藤潤二恐怖マンガCollection (16) フランケンシュタイン

『フランケンシュタイン』『地獄の人形葬』『リアルウンコノオモイデ』の3編が収録されている。

『フランケンシュタイン』は、意外とその内容を知られていない『フランケンシュタイン』を基本的には原作に忠実に漫画化しながらも、ところどころに伊藤潤二流のアレンジを加えたものになっている。醜い容貌によって人間に迫害された人造人間と創造主(神になった人間)とのやりとりが明確なメッセージ性を発しながら描かれていた。女性へ幻想と現実とのギャップを残酷に見せつけて、人造人間をより怪物化させていくところは著者らしくて良かった。聖者も怪物も生まれるものではなく、作られるものである。というような作品。

『地獄の人形葬』は、世界の子どもの30%が人形化してしまう世界の話で、親は子どもが人形になっても我が子を大事にしようとするが、その人形がやがておぞましい異形の姿になっていき、とうとう葬ることを決めるというオチになっている。親あるいは近代社会によって管理された子どもの姿を人形に喩えて風刺したような作品。

『リアルウンコノオモイデ』は、とぐろを巻いた如何にもなおもちゃうんこではなく、一本糞が2つ重なったタイプのリアルな形をしたウンコのおもちゃに興味を示す少年の話で、少年が恥ずかしい思いをしながらも勇気を振り絞ってそのおもちゃを買い、それを使っていたずらなどをするが、時とともにそのおもちゃはどこかへいき、ウンコですらも懐かしい思い出になっていくという話。

『地獄の人形葬』と『リアルウンコノオモイデ』は数ページほどの作品で、ページのほとんどが『フランケンシュタイン』で占められて構成されている一冊だった。
                 
        

伊藤潤二恐怖マンガCollection[15] 死びとの恋わずらい (漫画 伊藤潤二)

                 

伊藤潤二恐怖マンガCollection (15)

『死びとの恋わずらい』と銘打たれたシリーズの全4話が収録されている。登場人物と設定を引き継ぎながら1話ごとに起承転結を繰り返して、やがて物語の全体が見えてくる手法が採用されている。

頻繁に濃い霧が発生する町で行われる辻占い。道行く人に唐突に占ってもらう方法だが、四つ辻の美少年という不思議な少年が現れてから町は不穏な空気に包まれる。その美少年に出会った女性はその妖しい魅力に取り憑かれてしまい、彼から与えられた「悩みに対する答え」に支配され、やがて死に追いやられていく。青春物語を下敷きにしたオカルトホラー。

如何にも伊藤潤二テイストのオカルト要素をふんだんに使いながら話が彩られており、死神とも云える美少年の謎に迫っていくサスペンス的な雰囲気が魅力的なシリーズだった。後半に話が進められ、登場人物の数が増えて、真相に近づくほどに徐々にトーンダウンしていき、世界はあくまで狭く、所詮はコップの中の嵐であるということを貫いた醒めた作りも面白い。占いなんて所詮はそんなものという著者なりの寓話的な作りになっているのかもしれない。

エンターテイメント作品としてはやや盛り上げ方が足らず、伏線を活かしきれていない点により、折角の4話構成なのに冗長さと淡白なところを感じたのが残念だった。
                 
        

伊藤潤二恐怖マンガCollection[14] トンネル奇譚 (漫画 伊藤潤二)

                 

伊藤潤二恐怖マンガCollection (14)

『長い夢』『トンネル奇譚』『銅像』『浮遊物』『白砂村血譚』の5編が収録されている。全て1997年に発表された作品とのこと。

『長い夢』は、一夜の眠りの中で見る夢の長さが1日、1ヶ月、1年と加速度的に長くなっていく存在の話で、やがて夢の長さに精神と肉体が耐え切れずに風化していってしまう。果たして、その存在にとってこちら側と向こう側、どちらが夢で、どちらが現実だったのか。現実の辛さから逃避するために夢の世界に住んだまま生を終えても良いのではないかという提案もなされていた。

『トンネル奇譚』は、不思議なトンネルに引きずり込まれる者達の話で、ベタな田舎色の怪奇譚に、宇宙線研究所などのSF要素が織り交ぜられている。

『銅像』は、今は年を取って醜くなった女性が、若いころの自分の姿の銅像を作り、そこに様々な仕掛けをして、自分を侮辱する人間を始末していく話。やがて、本当の美と幸せは永遠の若さである『像』にしかないと、彼女自身が像になることを決めるが……。失われても尚、若さと美に執着することでしか生きていけない女性の哀しさと恐怖が表現されている。寓話的でもあった。

『浮遊物』は、人から本音と本音を再生する機能を持って吐き出された黒くなったケサランパサランのような浮遊物が巻き起こす騒動で、青春の甘酸っぱい男女のやりとりを三角関係的に描きながらロマンティックに締めてくれている。

『白砂村血譚』は、住民が全員貧血気味で青白い村の診療所に医者としてやってきた主人公が体験する恐怖。実は村人は村そのものに血を吸い取られていたのだった。閉鎖的な村により、人々の活気等が失われていくことを暗喩したかのようなホラー話だった。
                 
        

伊藤潤二恐怖マンガCollection[13] サーカスが来た (漫画 伊藤潤二)

                 

伊藤潤二恐怖マンガCollection (13)

『サーカスが来た』『墓標の町』『隣の窓』『怪奇ひきずり兄弟・次女の恋人』『怪奇ひきずり兄弟・降霊会』の5編が収録されている。

『サーカスが来た』は、いなかの小さい町にやってきたサーカスに町中は大はしゃぎ。しかし、多くの見物客を集めたサーカスで披露されたショーは、危険な芸に挑んだ団員達が次々と失敗して死んでいくものだった。実は死神の団長が世にも美しい娘を餌にして町中の男を団員として集めては別の町に移動し、男たちを殺戮する公開ショーとして楽しんでいた。ハーメルンの笛吹き男のようなタイプの話に仕上げられている。

『墓標の町』は、死んだ場所で死体がそのまま墓標になるという町で起こる奇妙な出来事が描かれている。人間が死んだら自然に石になるというのは、短い時間で遥かに長い時を経るような風であり、それを想像すると、その世界では成仏できない人間は尋常ではないほどの狂気と憎しみと苦しみにのたうち回り、凄まじい負のエネルギーを発するというのも納得いくもので、それが、唐突ともいえる展開による哀しい結末に説得力をもたせている。

『隣の窓』は、引越して来た先で、隣の家の窓を通して不気味な女に悩まされる男の話。中年による若者への執着の不気味さを、ありがちな男と女の関係を転倒させ、中年女性に迫られる若い男というシチュエーションを用いて訴えかけてくるホラー。

『怪奇ひきずり兄弟・次女の恋人』は、容姿が醜く不気味な引摺家で、唯一美人である次女が家出をして、男と同棲をするが、家族によって引き戻される。人の命をなんとも思わないその一家は、次女と同棲していた男をどう殺そうかという話し合いで盛り上がる。そして、次女も見た目は違っていても性根は引摺家で……。という話で、著者の漫画の場合、容姿が不気味な人間は病んでいるか性根が腐っている場合が多いが、見た目が良くても人の性根は腐っていますよと読者である我々に釘を刺したような一本になっている。

『怪奇ひきずり兄弟・降霊会』は、またまた引摺家が登場する話で、引摺家の長男が恋をした相手が心霊写真を撮るが好きだということから、亡くなった引摺家の子どもたちの両親に対して降霊会が開かれるという話。しかし、長男と同じ相手に恋をした次男によって降霊会は「インチキ降霊会」に変えられてしまって……。一家の長たる長男がその権威をなくしたら、何もできない男としてしおらしくするしかないところが、対照的に威張り散らすようになる次男とうまく比較されており、人は権威と環境によって完全に作られている道化人形であるとしてギャグテイストに描かれていた。
                 
    
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