遺書 (松本人志)

                 
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「最近テレビがつまらない」なんてことをよく耳にする。まぁ、オレなんかは作る側の立場なわけで、そういう意見を聞くと、正直、悲しくなってしまう。
 確かに、つまらん番組があまりにも多い。なかにはつまる(おもしろい)番組もあるのだが、つまらん番組が多すぎるために、いっしょくたにされてしまっていることが、モーレツに腹立たしい。
 ちなみに、オレの番組などは、しっかりと見、しっかり聞いてくれれば、それとは違うということがわかっていただけると思うのだが。まぁ、昔のテレビが、いまとくらべてそんなにおもしろかったとも、オレなんかは思わないのだが。
 では、おもしろくないと言われる原因は、いったいどこにあるのだろう。
 理由はたくさんあるだろうが、いちばん大きな理由としては、この不景気であろう。単純に、いいものを作ろうと思えばカネがかかる。そのカネがないのだから困ってしまう。

(引用 本書P123-124)

1994年出版。松本人志が週刊朝日に連載していたコラムが収録されている。

お笑いコンビ「ダウンタウン」として飛ぶ鳥を落とす勢いがあった頃の松本人志30歳の感性が本というメディアに収録されており、その鋭さとユーモア溢れるテンポの良い文章は娯楽として楽しめる内容になっている。まさにあの頃のブラウン管の中の松本人志が語っているような、その程度には「芸」を意識してさらけ出されているのだろうが、お笑いというのは差別的で攻撃的なものだ、という意味も含みながら非常にエネルギッシュに突き抜けられている。
自分中心で蔑視や嫌悪の感情で笑いを取って許されるのがプロであり、つまらないものは絶対に認めないというプロ意識、自分はこの嫌われ者のお笑いの道一本で行くという著者のストイックな姿勢は素晴らしいものがあるのだが、2012年現在のマルチタレント松本人志という存在を考えれば、やはりこの頃の著者は若かった、ということだろう。とはいえ、著者に限らず、若いというのはこういうことなんだなという意味でその尖り具合に共感はあるし、嘆息もした。
                 

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