日本の10大新宗教 (島田裕巳)

                 
日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)
 日本の新宗教にイスラム教のような動きが起こるとは思えないものの、時代状況が変化すれば、宗教はたちまちその力を取り戻し、蘇っていく。日本の歴史を振り返ってみても、宗教の衰退と復興がくり返されてきている。社会全体が注目するような新宗教が、いつ登場したとしても不思議ではない。一時中国で爆発的に伸びた法輪功のように、インターネットを媒介にして広がっていくような新宗教もある。
 これからどのような新宗教が生まれ、その勢力を拡大していくのか。それは、日本の社会がどう変化していくかにかかっている。新宗教に集まってくるのは、その時代の大きな流れについていくことができなかったり、社会のあり方に不満をもっている人々である。社会が変われば、不満の中身も変わるし、どういった人間が不満をもつかも変わる。その点で、新宗教は時代を映す鏡としての性格をもっている。その鏡に何が映るのか。私たちは新宗教のこれからを見つめていかなければならないのである。

(引用 本書P212-213)

新宗教をめぐるさまざまな問題を踏まえた上で、主な十の教団を取り上げ、それぞれの教団の成り立ちや歴史、教団としての特徴などを紹介することで、日本の社会における新宗教のあり方を概観していく、という本書。
教団の規模、社会的な影響力、時代性を考慮して選んだ十の教団は、反社会的な性格を示していたり、「カルト」として扱われることが多い教団はリストアップしなかったとのこと。

本書で取り上げられている十の新宗教とは、

・天理教
・大本
・生長の家
・天照皇大神宮教と璽宇
・立正佼成会と霊友会
・創価学会
・世界救世教、神慈秀明会と真光系教団
・PL教団
・真如苑
・GLA(ジー・エル・エー総合本部)

となっており、馴染みのあるものから無いものまで色々で、正直に云って、十大新宗教と云われてもピンとこないところがあるのだが、客観的視点で書かれた各教団の概略はなかなか面白かった。トピック毎、紙幅が限られていることへ物足りなさを感じるほどで、その半端さが結果的には余計に新宗教というものに対して自分を身構えさせた。これは自分の創価学会への印象と似ているなと思った。

ただ、著者によれば、これらの新宗教は時代を映す鏡であり、そこから、社会に振り落とされ、見捨てられた存在と構造の問題が見えるのであり、新宗教の問題は社会の問題として捉え、また、彼ら新宗教の信者(候補)に対する白眼視や否定的な接し方を問い直すべきであるというようなことを仄めかしている。肯定されたい、豊かになりたい、という思いは普遍的な願望なのだから。

それと、「新宗教に集まってくるのは、その時代の大きな流れについていくことができなかったり、社会のあり方に不満をもっている人々である」のならば、現在は新宗教の教団よりもネットの方が新宗教っぽいといえるのかもしれない。
                 

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