種まく子供たち 小児ガンを体験した七人の物語 (佐藤律子)

                 
種まく子供たち―小児ガンを体験した七人の物語種まく子供たち―小児ガンを体験した七人の物語
僕がいる病院の院長に「あなたのようなガン(骨膜肉腫)患者は、日本に十人もいませんよ」とはっきりいわれたとき、ショックはなかったです。逆に、僕は「じゃあ、僕が治ったら第一号ですね」といったのです。それからですね。精神的に浮いていた自分が、今のように地面を見つけ、前に歩き出せるようになったのは。今はガンになった自分が好きです。だってガンは僕の家族を強く結びつけたし、自分の性格もかわってきました。内にこもる性格から外に出す性格へとね。もしかしたら僕は暗闇に身をひそめてふるえながら死んでいったかもしれない。でも僕には僕のことを思ってくれる親友がいました。そして好きな子も……。フラれたけどね。そしてなにより両親がいたのです。
   拓也の手紙より

(引用 本書P173-175)

息子を小児ガンで亡くした経験から、小児ガンの子供たちをなにかの形で応援したいという思いでつくられた小児ガンの体験談集。闘病している子供たちは、元気の種や勇気の種、思いやりの種など世の中にたくさんの「種」をまきつづけており、その種がいつか芽ばえ、たくさんの人の心のなかで育つことねがって書名を『種まく子供たち』としたのだとか。

この手の本が意図していることに、厳しい現実に必死に立ち向かっている人たちの姿への感動と、当たり前のように生を戴いている今の自分を考え直す作業への導きがある。これは親の子に対する接し方であり、子の親に対する接し方にも云える。

自分が、もしくは自分の子どもが、小児ガンであることを宣告された時、余命がわずかであることを宣告された時、少しでも運命に抗おうとし、残された時間を精一杯生き抜く姿とそれを支える存在は確かに感動的だった。
高額の医療費という金銭的負担を背負い、子どもにつきっきりで看病できる程度に時間に融通を利かす、これを子どもへの愛とやり遂げてみせた、胸を張れる人達が集められている。
借りぐらしのアリエッティの翔のようなケースがこの七人の物語の裏にどれだけ隠されているか僕は知らないが、本書が伝えているのは子どもたちのひたむきで純粋な姿だけではなくて、それを支え、子どもと一緒に病と闘う親の姿も熱く伝わってきた。

自分も本書に励まされた。だが、一生懸命生きようというよりは、運命は残酷で、人間死ぬときは死ぬのだから、今を気楽に生きてもいいんだ、という風に自分を肯定することができた。そして、自分とは違い、今を一生懸命生き抜こうとしている人、それを支える人については、そういう現実があることを受け止めている彼らの労と温かさに対して、自分の中で感謝をしたい。
                 

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