お笑い創価学会 信じる者は救われない 池田大作ってそんなにエライ? (佐高信 テリー伊藤)

                 
お笑い創価学会 信じる者は救われない―池田大作って、そんなにエライ? (知恵の森文庫)お笑い創価学会 信じる者は救われない―池田大作って、そんなにエライ? (知恵の森文庫)
テリー「オウム真理教がいろいろな問題を引き起こして、宗教に対する見直しをするなんてことが言われ始めているけど、現実にはできないですよね」

佐高「団体規制の法案をオウム新法などと言うでしょう。危険な団体だと。でも本来、宗教とか思想というのは、危険な部分を持っている。時の権力者や現在の世の中に対する批判から出てきているんだから。危険ではないものは逆に宗教でも、思想でもないんだよ。
それでは今日、オウム真理教が危険で、創価学会が危険ではない分け目はいったい何なのか。創価学会は政権与党になったから危険ではなくなったのか。それとも組織自体が危険でなくなったのか。そのことは創価学会にとって名誉なのか。
本当は危険な存在であることが宗教団体として名誉なことだと思うね。創価学会は日蓮正宗の信者の集まりです。宗祖である日蓮は他宗を批判し、「立正安国論」を書いたことで伊豆に流される。それでも志を曲げなかったために次には佐渡に流された。そのくらい危険な要素を持っていたんだよ。これが宗教の姿でしょう。
今の創価学会は危険ではないことを売り物にしている。オウム真理教とは違いますよ、ということを盛んにアッピールする。すでに宗教ではなく、権力欲で動いている証拠です」

テリー「危険でないことで権力を握っていることが国民にとっては危険ですよね」

(引用 本書P70)

佐高信とテリー伊藤が創価学会について対談形式で語ったものが収録されている。
対談そのものは、創価学会に対して読者と大衆の好奇心を刺激し、偏見を煽るような切り口と内容で、ワイドショー的な通俗的でわかりやすいものとして佐高とテリーの抱く創価学会への警戒心が伝わってくる。

インターネットが普及した今となってはそれほど目新しい情報と分析でもないのだが、本書が出版された2000年はまだネットへの接続環境が現在ほど整備されていないIT革命の森喜朗首相の時代ということを考えると、本書にあたっての佐高とテリーの目論見、それは本書の効果で創価学会にF(フレンド)として協力している無邪気な人間と、将来に創価学会へ入信するかもしれない潜在的な学会員に対してストップをかけることでF票を剥がそうというものだが、そのために紙媒体であえて大衆の読みやすい低俗な創価学会批判をやってのける度胸とセンスは見事なものだ。

ただ、その目論見は本書を読み進めるとエクスキューズにされているように感じた。我々が漠然と抱いている創価学会への不気味な印象と不安を見事に翻訳してみせるテリー伊藤の芸当などは流石だと思う反面、調子に乗って悪ふざけをしているようなレトリックと勢いだけで自省無く相手への攻撃を押し通し続ける点と、章の合間に挿入されたジャーナリストのルポや元信者の体験談が説得力がある質の高いものだっただけに、その前後を挟む形で繰り広げられる佐高とテリーの対談の内容がその合間のサンドイッチの具のテキストの説得力に甘えて、読者に錯覚してもらおうと本書が構成されている点に、創価学会への不安よりも創価学会批判への不安を感じてしまうところがあり、残念だった。
                 

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