バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3 (映画)

                 
バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 3 [DVD]バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 3 [DVD]
スティーブン・スピルバーグとロバート・ゼメキスが贈るSFアドベンチャーシリーズ第3弾。落雷で1885年にタイムスリップしてしまったドクを追い、マーティは西部開拓時代へ向かう。

(引用 amazon バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 3 [DVD]

1990年のアメリカ映画。バック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズ第3作で、本作によってシリーズが一応の完結を迎えている。

PART2と同時に製作されたということもあってか前作からの話の繋ぎ方に不自然さがなく、とてもスムーズで、1と2に比べると、まるで2と3は前後編として構成されているかのような出来栄えになっている。1と2の繋ぎ方の不自然さにも時空の歪みのようなものを感じて興があったが、2と3には2つで1つというぐらいに結びつきの強さがあり、その強さにマーティとドクの友情とタイムトラベルへのロマンと人間そのものへの賛歌が重ねられている。

本作の舞台は西部開拓時代。未来からやってきたマーティがクリント・イーストウッドを名乗って西部劇の主人公さながらの活躍を演じるところがなかなか面白く、西部開拓時代に1980年代の人々の価値観と本作のシリーズが有する世界観を持ち込むことで、観ている我々を含めた多くの人の憧れをうまく捉えており、時代物に興味がない人でも感情移入を促す演出に成功している。

クララとの恋に目覚め、遅咲きの青春を謳歌するドクという老人の姿も人生の彩りの美しさと逞しさを感じさせてくれた。現在、過去、未来、時間を旅することのロマンとリアリティがこのドクの姿に収斂されているのかもしれない。

ただ、これは2もそうだったが、モラルを建前にタイムパラドックスをひどく恐れる割には自分達の信じる正義と愛と欲望のために、実質的には悪役のビフと似たようなことをしているというのが気になったし、折角権力者にまで上り詰めたビフが再びマーティの家の使用人に成り下がってしまう「修正された現代(1985年)」に戻ってしまう結末は、ここまで物語を盛り上げてくれた愛すべきビフに同情すると共に、対照的に(作品的に)正しく力を使ったことになるマーティたちの姿から漂ってくる傲慢さが鼻についたところでもあった。
このあたりの温かさのなさに対する説得力のもたせ方が弱く、些細な悪を巨悪と見做して容赦をしないところが、本作のノリに合っていないようで、それもあって、自分にとってはバック・トゥ・ザ・フューチャーにおける2と3はどうしても蛇足な感じで捉えてしまう部分がある。

とはいえ、そういうポリシーとしての身勝手さを取り入れなければ娯楽が成り立たない面もあり、また1から2の未来への繋ぎ方に比べて、1の過去へのタイムスリップがどこまでも偶然を装った秀逸過ぎる展開と設定だったから余計にそう思えてしまうということなのかもしれない。
                 

コメント

3部作のラストに相応しい内容で素晴らしいですね。

3作目は2作目と同時に制作というのは、
コストとスケジュールでかなり有効な方法だと思われますが、
当時も今も映画を2作分作るだけの予算を一度に確保するのは、
凄いことだと思います。
>>ランスロットさん

特に子役がメインの場合だと作中の時間が経過していなくてもリアルの時間の経過を強く反映してしまうことが気になり、それも味がありますが、そういう違和感がこの作品には全くなかったですね。マーティも若いままでしたし、ドクも1作目に比べて更に充実を見せ、3作目の実質的な主役に相応しいビジュアルでした。
        

        
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